017話 野畔希
◇ノヴァン・ド・オルドー ――野畔希の独白
――あの日。修学旅行の夜。
兵藤君が投げたマクラが当たって私は非常階段から転落した。
次に目を開けた時、世界は一変していた。
鏡の中にいたのは、現世の私――野畔希を百倍美しく、そして猛々しくしたような、絶世の美男子だった。
だけど中身は女子高生の私のままだった。
朝トイレで「異物」を発見し絶叫、用足しの作法に絶叫、鏡に映る自分に見惚れて絶叫した。周囲からコソコソと「気が狂った」「奇行王子」などと陰口され、オルドー家の次期後継者争いからは早々に脱落した。
女性たちからはやたらとモテたが、そもそもは私も女。夜伽の美姫たちが入れ替わり立ち代わり寝所に忍び込んできたが「ムリムリムリ!」と全力で拒絶した。元来、好奇心旺盛な私だったが、私の心と身体は、乙女の領域から踏み出す勇気がなかったようだ。
そんな呑気で平和な「うつけ生活」は長くは続かなかった。
父が急死し、俄かに後継争いが表面化した。ただのバカ息子だったはずの次男の私にさえも悪魔の手が伸びた。それでも私は呑気だった。ある時、家中で唯一私を慕ってくれていた弟が、私の代わりに毒を飲んで死んでしまった。首謀者は長兄に忖度した伯父らしく、彼らが後継候補筆頭に躍り出た。
義母は狂乱し、「どうしてお前が生き残って、あの子が死んだの!」と私を責め立て、そのまま心を壊した。
その時、私の中で何かが弾けた。
安穏と日々を過ごし、泣きべそをかいている「野畔希」は死んだ。この世界で生き残るためには、誰よりも強かで、誰よりも苛烈な「魔王のような存在」になるしかない。私は執念で証拠をつかみ犯人の伯父を吊るし上げた。広場で最上の処刑を公開実施した。
私は市民に向かって、慄く心を押さえつけて宣言した。
「我が命を狙う者は、こうなる覚悟で挑め。いつでも受けて立つ。オルドー家は私が再興させる」
こうして、 第六天の黒騎士とか、オルドーの氷炎魔王とか、紅蓮の静寂とか言われる私が誕生した。
◆◆
孤独だった。
誰も信じられず、ただ、一緒にこっちの世界に来たかも知れない「二人」に会いたいとぼんやり思った。
ある日、オルドー城市の片隅で、みすぼらしい身なりの少女を見かけた。
心臓が口から飛び出すかと思った。似ている似ていないと言うより、直感だった。
……礎冴君。彼だと覚った。
だけど。
彼は男だ。こんなか弱そうな女の子じゃない。しかしそう言う私もこの世界に来て性転換している。あり得る事だ。
どうしよう。私は公衆の面前でアホな行動はとれない魔王だ。
悩みに悩んだ末、私は無表情を貫き、手持ちの「干し肉の包み」を彼女に放って、逃げるように立ち去った。
赦せ、娘よ。それが精一杯だったんだ。
その後、彼女が「サニー・シルヴィア」と名乗って仕官してきた時は、狂喜乱舞した。けれども私は彼女を「覚えていない」と冷たくあしらった。だが本当は、一瞬で分かっていた。忘れるはずがない。
ただ、周囲の重臣たちの手前、特別扱いはできなかった事情がある。
だから私は無理やり色々な用事を作っては彼女を呼びつけ、常に目の届くところに置いた。彼女が活躍するたびに、内心では「さすが礎君……に似た子だ!」 と拳を握りしめガッツポーズしたものだ。
そして今回、このグロッケン・シュピッツェでの惨事だ。
どうして私は小領主連合を信じてしまったのか。
魔王を貫くことに疲れていたのか?
かつてと違い、これからは信義を重んじる将として振る舞えば、人は靡くと思い上がったのか?
それとも単に、礎君に胸を張れると思ったのか?
礎君に段取りを丸投げすればいい。
強大になったオルドー家に、今さら逆らおうとするバカなんていない。
たぶん、そんなような傲慢や過信も生じたのだ。
とにかく今回、私は重要局面で目を曇らせた。
自分で考えようとせず、他人任せにした失敗を悔やむ。なんてサイテーだ。
槍が胸を貫いた瞬間、痛みよりも先に、凄まじい慙愧の念が襲ってきた。
サニーの声が聞こえる。キミ、泣いているのか。薄れゆく意識の中で、私は自分を呪った。
――気がつくと、私は宴の席に座っていた。
戸外で篝火が揺れ、近くで小領主たちの談笑が響く。
……夢、だったのか?
胸を貫かれた感触が熱く、まだ残っているような気がする。
私は咳払いし、魔王の仮面を被り直すと、あらためて愛想を演じつつ社交の場に対した。警戒と疑念の刀剣を心の中で構えながら。
だがその時だ。
「……主さま……っ!」
サニーが、人目も憚らずに私に抱きついてきた。普段から人懐っこい彼女ではあったが、あまりにも激しい、必死な抱擁だった。
「うわあああぁぁぁん!!」
号泣する彼女を抱き締め返した時、言いようのない感覚が私を襲った。
安らぎと慈愛と……一抹の不安。
記憶にはないし根拠もない。だが、強烈な実感がある。
腕の中にいる彼女が、まるで心身を掻き消したかのように、儚く感じられたのだ。
それはサニーの異変。
ついでのように飛び込んできたヒューゴにしても、死の淵で墜ちかけているサニーを気遣っている、そんな様子に見えた。気が気でなくなった私は二人につい「済まん」と、脈絡のない詫びを漏らし困惑させてしまった。
本当に許せ。今度こそ私は失敗しない。
貴様らを、そしてオルドー家を。――いや、大陸中の人々を。
悪夢に惑うことなく、明日の自分を夢見れる世界にしていくために。
だからどうか、非力な私に手を貸して欲しい。
私はそんな想いを込め、サニーの背中に手を回しそっと引き寄せた。
次回予告
ナレーション:サニー&レオ
サニー:「みんな、サニーだよ! 一度目の失敗は繰り返さない。裏切りの宴から死に物狂いの大脱出! 主さま、今度こそオレが地獄から連れ戻してやるぜ!」
レオ:「サニーさま! セーラー戦士の意地、見せてやりましょう!」
サニー:「生きて帰ったら、天下絶品のこってりラーメンを腹いっぱいごちそうしてやるよ」
レオ:「それ……フラグですか?」
サニー:「次回、アオハル転生! 第18話――」
二人同時:
『逆襲のセーラー戦士! 泥と硝煙の脱出劇、絆は月夜に刻まれて』
サニー:「主さまへの愛、フルスロットルだよっ!★」




