016話 時戻り
王都オーディンス・クラウンを出立した五千の親征軍。
その先鋒を任されたのは、漆黒の銃身を揃えた新鋭鉄砲隊――美少女サニー様、つまりオレの率いる部隊だ!
隊員たちが身に纏うのは、これもヒューゴの独断。オレは、転生前に着ていたサッカー部のユニフォームをデザインしろと指示したがゼンゼン違う物が出来た。しかも、一言の元に却下するだろうと期待していたノヴァンさまがまさかの承認。それでも抵抗したが結局これが最新式の軍服になった。
――「大きな襟」が特徴的な海軍風の意匠。名目は「銃の反動を抑える肩当ての固定用」だが、実際はヒューゴの趣味全開。要は「セーラー服」……だ。
なので部隊の名称は「セーラー戦士・サニースナイパーズ(=SSS)」に決まったそうである。(ダサすぎる。言っとくが名付けたのはヒューゴ・ラウレルだ。)
……もう勝手にしてくれ。
「軍師さまっ、見てくださいよ! この制服、フォレスト様とお揃いだし、村の奴らに自慢したいっす!」
馬を並べてはしゃいでいるのは、我が鉄砲隊の有望株、レオだ。雀斑だらけの顔を輝かせ、彼は真新しいセーラーカラーの襟を誇らしげに正している。……オレと違って何とピュアなこと、眩しすぎる。
「おおっ、すげぇっす! あの保守派の貴族連中が、今はサニー様が通るだけで笑顔で道を空けるんすもん!」
「――ふっ、見てろレオ。オレの爆走人生はまだまだ始まったばかりだぜ」
貴族のヤローどもか……やたらエロい目でオレを凝視してるけどな。もうなるようになれっ。
オレは気を取り直して、揺れる鞍の上で少年にこれまでの道のりを誇らしげに語って聞かせた。
オレの最初の給金は2デナリウス(=約八千円。日給じゃなくって月給な!)、ノヴァンさま世話係から始まった。そのなけなしの賃金で実験用の石灰を買ったり、硬パンをかじりながら未来を信じ、フォレスト一家を養った。(盛っている。実はシリルが大黒柱だった)
それが今じゃ、この軍の知恵袋だぜ。オレの署名がなけりゃ、この部隊の弾薬一発、兵糧パンの一切れすらも動かせないんだぜ。(盛っている。その仕事、シリルが担当している)
「カッケー……! オレ、シルヴィアさまに一生付いていくっす!」
レオの純朴な歓声に、オレの機嫌はすっかり良くなった。周囲の将兵からも「フォレスト殿」と敬意の混じった呼び声が飛ぶ。
王都北部の小領主連合も、オレたちの通過を「歓迎」し、至れり尽くせりの便宜を図ってくれている。ヴォルカンの宮廷での根回しも順調だとの報告も入っている。
――ただ。
気がかりなのは、唯一ヒューゴだけが「親征なんて止めろ」とオレとノヴァンさまにも直接釘を刺したことだ。アイツの必死さは冗談抜きで本気だった。それなのにオレたちは、ただの「剛の取り越し苦労」だろうと高を括り、鼻で笑って済ませた。
◆◆
事態が動いたのは、敵地深奥に足を踏み入れた夜だった。
前方の山陰から、松明の火が津波のように押し寄せてきた。敵領主の本隊による強襲だ。だが、本当の地獄は背後からやってきた。
「報告! 後方を守衛を担当していた小領主連合が反転! 我々の退路を塞ぎ、背後に殺到しています!」
伝令の叫びに夜の天幕が凍りついた。
「バカな。手回しは完璧だったはずだ……。誤報に決まっている」
ノヴァンさまが立ち上がり、絞り出すような声で叫んだ。
「アイツらは裏切るような連中じゃない。アレクシスの理想にあれほど共感していたんだぞ。もう一度、ちゃんと確認しろッ!」
ノヴァンさまもオレも、この世界の道義や節義を信用していた。その誠実さが、皮肉にも退却の決断を遅らせた。前後の道を完全に断たれたオルドー軍は、袋のネズミだった。崖の上から無数の矢が降り注ぎ、パニックに陥った兵士たちの絶叫が山々に響く。
「軍師さま、危ないっ!」
オレの目前で、レオが降り注ぐ矢の餌食となって崩れ落ちた。即死だった。
「レオ!? 待て、レオッ!」
叫びは、さらに巨大な怒号にかき消された。
暗闇を切り裂いて突進してきた敵の騎兵隊が、オルドー本陣を蹂躙した。
「――の、ノヴァンさまっ!!」
護る間もなくノヴァンさまの胸に太い槍が突き立った。漆黒の鎧が鮮血に濡れる。彼は、信じられないものを見るような目でオレを見て――そのまま、馬から転げ落ちた。
◆◆
夜深まる頃。逃げ惑うオレの視界は、絶望の泥にまみれていた。周囲の景色は、すべて不吉な黒に塗り潰されている。紅葉の赤も、枯草の黄金色も、すべてが死の色にしか見えない。
ヴォルカンが茫然自失のオレを背負い、ヒューゴ、シックス、サイラス殿が身を挺してオレを援け、地獄の山狩りから這いずるように逃げ退る。部下たちの行方など分からない。
「オレは……神にでもなったつもりだったのかよ……」
震える手でマクラを取り出した。さっき「貸せ」と強引に取り上げたヒューゴのマクラだ。「気を落ち着かせたいから」そう怒鳴って顔を近付けた。魔法少女のアニメプリント柄がまるで女神さまに映った。
「サニー、邪な事は考えるなよ? 気を落ち着かせるだけにしろよ?!」
血まみれになっているヒューゴが遠慮がちに、だけどハッキリした口調で警告する。
「あの能力を使ったら、お前の魂が消えるんだからな、分かってるな!」
「ウルセー消えたっていい……! 野畔の……主さまいなくなった世界に、オレの居場所なんてねーんだよ! アイツがあんな目に遭うなら、軍師だ元帥だなんて……ただの役立たずのバカでしかないんだよ!」
ヴォルカンが何か言いかけたが、どーでもいい。説教とか、ましてや慰めなんて必要ねえ。
「――オレ、寝る!!」
「クッソー、じゃあボクも付き合う!」
「あ、アンタたち……こんなときに寝れる? 神経太いね……つか、あーしも混ぜろよなっ」
シックスが割り込む。
一つのマクラを奪い合うように頭を置き、オレたちは眠りについた。
◆◆
目を開けると、篝火の爆ぜる音が響く温かな広間にいた。
小領主たちの主催による「歓迎の宴」。
上座では、ノヴァンが苦痛そうな仏頂面を浮かべつつも、新参領主たちを相手に精いっぱいの愛想を振りまいている。
ああ……あんなに頑張って愛想笑いして……。
その不器用な努力を見て、オレは涙が溢れるのを止められなかった。
「……ノヴァンさまあっ……!」
オレは駆け寄り、主人にしがみついた。
「うん? サニー? 酔ったのか? 顔を赤くして――な、泣いているのか?」
「うわあああぁぁぁん!!」
泣いてます。泣いてますとも。
「コノヤロー!! ムチャしやがって!!」
そこへ、記憶を引き継いで戻ってきたらしい剛――ヒューゴが、ボロボロと涙を流しながら乱入してきた。
「ごめんよぉ、サニー! 僕、怖かったよぉ!」
「こ、こら剛! 変なとこ触んなよっ!」
騒然と笑いが起こる宴席。だが、オレたちはもう騙されないぞ。
外にコソコソ出て行く小領主の一群を目の端に捉えた。消えたアイツらの気配。
となりでレオが、何も知らずにはしゃぐ。彼の無邪気な笑顔に熱いものがこみ上げ、オレはグッと堪えて気を引き締めた。
「すまぬ」
急にノヴァンさまが呟いた。何が「済まぬ」のか分からず、オレは一瞬キョトンとしたものの、励ますつもりで直ぐに頷き返した。
――寿命を削った、二度目のチャンスだ。
本当の撤退戦は、今ここから始まる。
次回予告
ナレーション:ノヴァン& サニー
ノヴァン:
「……あの日、修学旅行の夜から私の運命は変わった。オルドーの魔王。皆はそう呼ぶが、実際は闇を抜けようともがき続ける孤独なただの青年だった。……お前が現れるまではな」
サニー:
「……一人でずっとそんな重いもん背負ってたのかよ。魔王だなんだって呼ばれて、冷たくあしらわれて……。バカだよな、オレも。もっと早く見つけてあげたかった……」
ノヴァン:
「君が仕官してきたあの日、実は叫びたいほど嬉しかったよ。今回、過信ゆえにキミを傷つけ、大事な仲間らを地獄へ突き落とした。だから私は罰を受け死んだ。だが、やり直しのチャンスをくれたのは君なんだな。……二度目の宴、抱きしめたキミの身体は、まるですり抜けてしまいそうなほど、儚くて――」
サニー:
「主さまにはただ、笑っていて欲しい。そのためにオレは盾になるって決めたから」
ノヴァン:
「次回、アオハル転生! 第17話――」
二人同時:
『魔王の涙と乙女の祈り。死の記憶が紡ぐ、もう一つの真実』
サニー:
「主さまへの愛、フルスロットルだよっ!★」




