015話 魔法少女のタリスマン(御守)
――深夜の執務室。
再会の感動も束の間、オレ――シルヴィア・フォレスト(=サニー)は、親友だったはずの男の奇行に呆然とするばかりだった。
「ああ、あぁ……。これだ、この感触ぅ。サニー嬢の甘い髪の香りの奥に、かすかに残る……僕の体臭……。スゥーハー……スーハアアアッ! ううん、ブレンドウゥ! やっぱ至極・サイコーだっ!」
「……お前……相当キモイな、剛」
「おおう、僕のスマホじゃないか、これは使える! あーすりすり」
「ん、ああ……枕カバーに挟まってたぞ……」
「ああ、枕にスマホぅ……いいっ」
――ヒューゴ・ラウレルこと兵藤剛は、オレが差し出した「あの夜のマクラ」に顔を埋め、深呼吸を繰り返している。
その恍惚とした表情は、控えめに言って変質者のそれだ。やはり返すべきじゃなかったか? やや後悔。
「何言ってるんだい、サニー。これは僕たちの魂のアンカー、時空を超えた絶対のタリスマンなんだよ! この世界に跳んだ時に失くしたと思ってショックで数日間寝込んだけど、まさか君が持っていたなんてな!」
ひとしきりマクラを堪能した剛は、ようやく真面目な顔(といっても半笑いだが)になり、彼のトレードマークの眼鏡をクイッと押し上げた。
「改めて説明するよ。サニー、君の『時戻り』は、本来は僕がこのマクラを使って発動する能力だった。あの事故の瞬間、僕の『過去に戻りたい』という強烈な後悔が魔力発動を促し、このマクラに定着した。君がこれを使って寝ることで、マクラに宿った魔力が『やり直したい』と願う君の魂と上手く同期し、時間を巻き戻すトリガーになった。君と僕はそれだけ心が近いという事さ。君が僕の親友だから、かな」
親友……か。嬉しいよりも、ちょっと不快寄りに思ってしまったのは申し訳ないので黙っておく。
「……そのマクラが、ねぇ」
「そうさ。でも、その処理能力、言い換えるとエネルギーは君の魂から吸い出される。……しつこいようだけど、今まで何回マクラを使ったんだよ? もう一度真剣に数えてみてよ」
「んー? そ、そうだな。えーと、あのときだろ、それにあのとき、あとはあのときと……やっぱ5、6回……」
いい加減なオレに、
「いやだから! もっと使ったろ! 君の身体と心――ひび割れ具合からみて、そんな回数じゃないはずだ! いいか、サニー。何度も言うぞ、君がこれ以上能力を使えば、君の寿命が尽きる……この世に存在できなくなるんだからな!」
「……しつこいって。分かったよ、気をつける」
オレは笑って誤魔化し、剛の肩を叩いた。
「とにかく、今は三人がこの世界で揃ったんだ。それだけでメッケモンだろ? サイコーじゃないか!」
本当に嬉しいんだぜオレは。心の底から喜びを示すと、剛の瞳に奇妙な熱が帯びたのを感じた。
「……サニー。君は実に前向きだよ。……あ、ああ。そうだね。君がそんなに可愛い笑顔を見せるもんだから、僕は……僕は……!」
「はん? なんだよ、改まって?」
「だからさ、サニー、頼む! 僕を男にしてくれ! 野畔共々、僕がふたりを必ず幸せにしてみせるから! 責任を取らせてくれ!」
「はぁ?!」
剛は猛烈な勢いでオレにしがみついてきた。
「お、おい! 離せって! ……ったく」
戸惑いはあった。だが、肌から伝わる熱い体温に、逃げ場のないほど切実な想いを感じ取った。オレはしばらく黙って、その重みを受け止めてやることにした。結局のところコイツは、オレたちを死なせてしまったことを今も苦にし、その責任を独りで背負おうと、必死に感情をぶつけてきてるんだ。
「てんめー! あーしのサニィに何してくれてんだいっ!」
ドアが爆音と共に開き、シックスが怒号を上げて乱入してきた。
「あー? 大猩々娘。今は大切な儀式の最中だよ。君のような低知能個体に理解できる次元じゃないから、速やかにこの場を去り、壁に向かって自分の筋肉とでも対話していなさい」
剛は瞬時に無表情な「隠者モード」に切り替わり彼女に言い放った。
「なっ、なんだとぉ!? いまいちイミ分かんね、要約しな! 要約しなよ!」
「要約? 『黙れ、メスゴリラ』これでいいかな?」
「ご、ゴリラって? なんだ?」
「知らないのか、ゴリラを」
「知らねーわ! バカにしやがって」
シックスは悔しさで半泣きになりながら地団太を踏んだ。見かねたオレが仲裁に入る。
「……で、どうしたんだ? 何かあったか、シックス?」
「……ノ、ノヴァン様が呼んでるんだよぉ! 密談だってさ!」
「密談って。フツー声に出すか? 耳打ち知らないのか、大猩々娘」
◆◆
オルドー館の奥深く、重厚な扉に閉ざされた一室。
集まったのは、オルドー軍の屋台骨を支える面々だった。剛はまだ食客扱いのため、別室待機だ。
「……軍師殿、待っておりましたぞ」
声をかけてきたのは、老騎士バーナビーだ。岩のような体格に、短く刈られた白髪。旧体制派でありながら、オレが持ち込んだ「鉄砲」の威力に心酔し、今やオレに最大の敬意を払って「軍師殿」とか「元帥」とか呼んでくれる義理堅い武人だ。
円卓には他に、新参の策士ヴォルカン、そしてオレを「成金小娘」と苦々しく睨みつける保守派の伯爵、他にも数人の重臣たちが並んでいた。
「閣下、状況を」
バルカス伯が促すと、ノヴァンは地図上の一点、王都北部の山岳地方を指した。
「北の辺境領主が糾合し、我らの上洛を『不当な簒奪』と決めつけ決起しようとしている。境界の小領主たちが、保身のために密告してきた」
「ふん、地方のいざこざなど、我々の知ったことではありませんな」
伯爵が鼻を鳴らした。
「我らはすでに王都を制したのです。あのような山猿どもなど、放っておけば勝手に自滅しましょう。今はアレクシス殿下の即位儀礼を整えるのが先決です」
その言葉に、ノヴァンの眉がぴくりと動いた。だが、先に口を開いたのはヴォルカンだった。
「あら、伯爵。お言葉ですが、それはあまりに『無能』な考えですわ」
艶やかな笑みを浮かべ立ち上がる。
「小さな火種を放置すれば、それはやがて大きな野火となって、アレクシス様の玉座を焼き尽くします。オルドー家の発展と、王室の真の再興を願うのであれば――今こそ、異を唱える者に圧倒的な『武』を見せつけるべきではありませんこと?」
「な、何を……女の分際で!」
「あら、心外ですわ。わたくしはただ、ノヴァン様への忠誠を形にしているに過ぎません。……ノヴァン様。今、貴方様が御自ら陣頭に立ち、賊軍を瞬く間に蹂躙して見せる。それこそが、中央に蔓延る貴族どもへの、何よりの痛烈な示威となるのではなくて? ――真に天下を統べる器は誰か。……それを彼らの目に焼き付ける好機だと、わたくしは考えますの」
ヴォルカンの言葉は熱を帯びていた。彼女の真意は不明だが、その論理はあまりに正論だ。
「ヴォルカンの物言い、一理ある。かたや伯爵、貴殿の臆病風は聞き飽きた」
ノヴァンの冷たい叱咤に、伯爵は面目を失い、椅子に沈み込んだ。
「……サニー。お前はどう見る」
ノヴァンがオレに振る。
「確かにヴォルカン殿の言う通りだ。ここで閣下自らが動けば、王都周辺の『日和見主義』な連中も一気に黙るだろうな」
「ふむ。決まりだ。……討伐軍を組織する。サニー、補給と行軍スケジュールの策定を」
「承知した、ノヴァン閣下」
ヴォルカンが満足げに目を細め、オレに挑戦的な視線を送ってきた。底の知れない恐怖を覚えた。気構えていると一瞬「クラッ」と眩暈がした。「何だ……?」 思わず彼女に寄りかかった。「あらあら。どうしたの?」 と支えてくれた腕はかなりの筋肉質だった。
◆◆
「どうだった、密談とやら」
「どうもこうもないよ。出陣の準備にかかるぞ、ヒューゴ」
「お前の知恵、フル稼働してもらうからな」
オレはヒューゴが広げた地図を睨みつけた。
眩暈を起こした事は、彼には何故か黙っておこうと思った。
次回予告
ナレーション:サニー&ヒューゴ
サニー:
「みんなー、サニーだよっ! ついに最新式の軍服が完成! ……って、なんでセーラー服なんだよヒューゴ! まぁけど、ノヴァンさまが喜んでくれたから、オレの機嫌はチョー最高! ……だったはずなのに。信じていた仲間たちの裏切り。そして、オレの目の前で、主さまが――!!」
ヒューゴ:
「……言ったはずだよサニー。この世界は、前世の知識だけじゃ図れない。失った命は、もう戻らないんだ。それでも君は……自分の魂を粉々にしてでも、あの日をやり直すと決めたんだね」
サニー:
「当たり前だろ! ノヴァンさまのいない世界なんて必要ねぇ! たとえこの身体が消えてなくなっても……今度こそ、絶対に主人を死なせたりしない!」
ヒューゴ:
「わかったよ。君の寿命が尽きる前に、ボクも地獄の底まで付き合ってあげる。 ……反撃開始だ、サニー!」
サニー:
「次回、アオハル転生! 第16話――」
二人同時:
『セーラー戦士、絶望の淵へ! 魂を削るタイムリープと逆転の誓い』
サニー:
「主さまへの愛、フルスロットルだよっ!★」
ヒューゴ:
「それ、いつまで言い続けるんだい?」




