013話 失恋気分
王都オーデンス・クラウン。その中心に鎮座するは、絢爛豪華な王宮。
文字通り『金で造られた』大宮殿だ。
王都の空を独り占めする本殿は、陽光を跳ね返す黄金の装飾に埋め尽くされ、大陸全土から略奪し、かき集めた富の重みをこれでもかと見せつけてくる。
『世界の金銀すべてをこの壁に塗り込めろ』。
かつての王が放ったというその言葉も、あながち嘘じゃねぇなと思わされる贅の極み。
だが、オレにはその眩しすぎる輝きが、内部に蠢くどす黒い欲望を隠すための、頼りない薄皮のように見えて仕方がなかった。
「ノヴァン卿、こちらが財務官のデルヴィン伯爵です。先代の頃より、王室の金庫番を務めておりますわ」
ヴォルカン・マッツが、扇子を優雅に揺らしながら、微笑を浮かべてノヴァンに囁く。彼女は毒々しいほどの色気を放ち、並み居る貴族たちの視線を釘付けにしながら、ノヴァンさまの「政治的案内人」として完璧に立ち回っていた。
「……デルヴィン伯爵か。先王の国葬費用を、政商と結託して三割水増ししたという、あの?」
ノヴァンさまの辛辣な一言に、初老の貴族の顔がみるみる土気色に変わる。
「な、何を根拠に……!」
「根拠? それなら私の優秀な右腕がすでに掴んでいる。どうだ伯爵、私に従うか、それとも明日、広場で白日の元に洗いざらい罪をぶち撒かれ首を晒すか。選ぶ時間は三秒だ」
ノヴァンさまの圧倒的なカリスマと、容赦のない「事実」の突きつけに、王宮の魑魅魍魎たちは次々と膝を屈していった。アレクシス・アスコットを王座に就かせるための儀礼やパーティが精力的にこなされる裏で、オルドー軍による「王都の掃除」は着々と進んでいた。
一方、オレは「サニー」として仲間と共に別の戦場を駆け回っていた。
「サニィ、こっちの裏帳簿も押さえたよ! この王立倉庫の管理人は、ビール三樽で口を割ったね」
シックスが酒場や路地裏から吸い上げた情報を、シリルが超人的な速度で整理し、会計上の不正を暴き出す。サイラス殿は黙々と反対派の私邸周辺を威圧し、一切の「ジャマ立て」を封じ込めていた。
一方でオレはと言うと、アメ役。
逃げ道を用意してくれた……と思わせて恩を売りつつ、実はオルドー家へがんじがらめの忠誠を誓わせる。だけど本人はその事に気付かない。要はオレが一番悪どい。
「姉さん、これで王都の物流の七割は、事実上オルドー家の管理下に入りました」
「よし、よくやったシリル。これでノヴァンさまも、心置きなくアレクシスの『王様ごっこ』に付き合えるはずだぜ」
オレは自分の仕事の出来に深い達成感と満足を感じていた。……この時までは。
◆◆
暫らく途絶えていた王宮始耕祭を数日後に控えた、ある夜のことだ。
公式な晩餐会の席で、ノヴァンさまに一人の女性が近づいた。アレクシスの異母妹、王女エルゼ。彼女はこれまでの王族とは明らかに異質だった。
「……驚嘆いたしましたわ、ノヴァン卿。あなたが手がけられたあの『街道の舗装』……。あれは単なる道普請などではなく、『万象が墜つる勢い』と『地表の抗い』。まさに叡智の結晶といえますわね。……私、深く感じ入っております」
その言葉に、ノヴァンさまの眉がぴくりと動いた。
「……わかるのか?」
「ええ。修道院の図書室で、古エトランゼ語の文献を読み解くのが趣味でしたの。いにしえのローマンロードを思わせる論理的で美しい舗装道の作り方はとても興味深く、どんな宝石よりも心を奪われますわ」
二人の会話は、そこから止まらなくなった。
たとえば法体系の見直し、貨幣鋳造の規格化、そして新しい時代の統治論。いろいろな理想を語り合いだした。
エルゼ姫は、オレとノヴァンさまが現代知識の記憶を一生懸命振り絞って導入した「合理性」を、この世界の感覚で見事に理解し、さらに深く議論できる希少な知性を持っていた。
就かず離れずの距離でその様子を窺っていたオレは、胸の奥が無性にざわつくのを抑えられなかった。
キーッ! なんだよ……野畔のヤツ。
あんなに楽しそうに笑ったりしゃべったりしやがってぇ。オレが説明する時は、いつも「へぇ、そうなのか」とか「それは便利そうだな」とかで済ませるくせにさ……。
ふとオレは、女物のドレスを着た自分の姿が妙に恥ずかしく、惨めなものに感じられてしまった。
◆◆
「……ああ。今日の仕事はこれで終いだ」
深夜。日中の激務でクタクタになりながらも、オレは日課であるノヴァンさまへの進捗報告のため、彼の私室を訪れた。手には、シリルとふたりでまとめ上げた明日の儀式のための兵站計画書を抱えている。
「閣下、入りますよ。……明日の式の護衛配置なんですが――」
トントン、と扉を叩くが、返事がない。
不審に思い、わずかに開いていた隙間から中を覗き込んだ。
「……ですから、ノヴァン卿。この『自由意志』に基づく社会契約の概念こそが、王国の未来を救うはずですの」
「……なるほど興味深い。エルゼ姫、貴女の視点は、私の……いや、私のよく知る者とは、また別の鋭さがある」
月明かりが差し込む執務室のソファー。そこには、ノヴァンさまとエルゼ姫が、肩が触れ合うほどの距離で座っていた。
ノヴァンの声はオレに向ける時のそれよりも、ずっと穏やかで、対等な相手への敬意に満ちている。
「――うおぉぉっ……?!」
エルゼ姫が、ノヴァンさまの頬にそっと手を伸ばした。 あろうことかノヴァンさまは、それを拒まなかった。二人の顔がゆっくりと近づく。その瞬間――。
「……ッ!?」
オレは、手に持っていた書類を落としそうになるのを必死で押さえ、音を立てないようにその場から逃げ出した。
廊下を全力で走る。心臓が痛い。息が苦しい。
「バカか、オレは。なんで逃げる? ノヴァンさまは元々女だぞ? 女同士でそんな……それに……それに……いいや……ノヴァンさまは主さまで男、オレはいま、女……。え? え? 分かんない、訳が分かんない!」
整理されない頭の中。なぜか溢れそうになる涙が鬱陶しくって仕方なかった。考えて見りゃ自分が「サニー」としてどれだけ頑張っても、ノヴァンさまの隣に立てるのは身分や話の合う「知的なパートナー」としてのエルゼ姫。その残酷さにオレの有頂天だった気分は、あっという間に消え去った。
◆◆
自室に帰り着き、ベッドに顔を埋めていると、窓から風と共に人影が飛び込んできた。
「サニィ! 大ニュースだよ! ノヴァンの旦那にフラれて、しおしおのパーになってる場合じゃないね!」
「……グス。……シックス。お前、いつから見てたんだよ」
オレはバツの悪さを払うように、ぶっきらぼうに起き上がった。
「見てないよ? けどさー、廊下を逃げるサニィの背中が『あたすぃ、失恋しましたぁ、えーん!』って叫んでたからね。ま、そんなことよりこれ。王都近郊の噂を洗ってたら、とんでもない男を見つけたよ」
シックスが机に叩きつけた地図。そこには、王都の北、断崖絶壁に建つ「ブーケの塔」という場所が記されていた。
「そこに隠遁してるのは、『ヒューゴ・ラウレル』って男さ。通称、賢者ヒューゴ。難攻不落の砦に世俗を嫌って引きこもってるらしいんだけどね……。彼が書いたっていう『科学が魔法』って本の記述が、どうもサニィの話してた知識にそっくりらしいんだよ」
「らしい……って」
「あーし、字読めないから。サイラスの感想」
「……ヒューゴ……。ラウレル……」
前から気になっていた名前だ。いつかノヴァンさまも話していた。オレの脳裏に浮かぶ一人の男の顔。 実家が造り酒屋で、いつも理屈っぽくて、けども誰よりも頼りになった、あの「兵藤剛」の顔が。
「……どうだいサニィ。あんたがずっと探してたヤツじゃないのかい? ひょっとして、モトカレとか?
だったらあーし、再会する前に始末しときたいんだけど? ……いいかな? 許可してくれる?」
「……バカか。モトカレなんかじゃねぇよ。……親友だ」
オレは、グシャグシャの泣きっ面を袖で乱暴に拭った。
ノヴァンさまのことは、今は考えたくない。今はとにかくそのヒューゴという男に会いたくなった。だってソイツが兵藤剛かも知れないから。
「シックス、出掛ける準備をしろ。……今すぐ会いに行くぞ。ソイツの塔に、カチコミだッ」
「そうでなくっちゃ、サニィはさ! ちっとは元気が戻ったかねぇ!」
――まだまだ夜明けには程遠い、真っ暗で静かな王都。
オレは軍師としての重責も、何度目かの失恋気分も一旦バックパックに詰め込んで、心の友を求めて「ブーケの塔」とやらへ駆け出した。
次回予告
ナレーション:サニー&ヒューゴ&シックス
サニー:
「みんなー、サニーだよ! 賢者の塔にカチコミかけたら、そこにいたのは上半身裸で日光浴中の……変態!? いや、前世のガチ友・兵藤剛だったんだ! 泣いて笑って、主さまとも感動の再会! よーし、これで最強の布陣が揃ったぜ!」
ヒューゴ:
「待って待って冴! 僕は変態じゃない、ビタミンDを生成してただけだよ! それより、君のその魂――身体って言うのかな……バキバキにひび割れてるじゃないか。これ以上『時戻り』を使ったら、君は一巻の終わり――」
シックス:
「サニィちゅわぁぁぁん! ……と、 新キャラのメガネくん? ありゃコイツ、なんだか不穏なこと言ってるよねぇぇ? せっかくのサニィちゅわんとの再会なのに、サイテーのヤローっすよ!」
サニー:
「……消える、オレが? そんなの、今更言われても……。でも、主さまには絶対内緒だ。オレは、最後まで軍師としてやり遂げてみせる!」
ヒューゴ:
「冴……君ってやつは……!」
サニー:
「次回、アオハル転生! 第14話――」
三人同時:
『再会のハグは全裸でゴー! 変態賢者が予言するチートモードのタイムリミット!』
サニー:
「主さまへの愛、フルスロットルだよっ!★」




