012話 シュール・ガルド
翌朝、オルドーの城門が大きく開け放たれた。
燦々と降り注ぐ朝の日を浴びて、銀色の鎧に身を包んだ多数の騎士たちと、黒鉄の銃身を担いだ歩兵隊が列をなす。その先頭を行くのは、漆黒の駿馬に跨ったノヴァン・ド・オルドー。そしてその隣には、軍師として馬を並べるチョー凛々しいオレ、シルヴィア・フォレスト――愛称サニーさまの雄姿があった。
「……ゆうべはよく眠れたか、サニー?」
ノヴァンさまが、周囲には聞こえない程度の低い声で問いかけてきた。
「……っ。寝ましたよー、ぐっすりと! シリルに一晩中問い詰められたおかげで、夢を見る暇もなかったですがね」
「結局眠れたのか、眠れなかったのか、よく分からん返事だな」
コソコソ首筋のキスマークを隠すように襟を立てるオレに、ノヴァンさまは微かに口角を上げたが、すぐに冷やかな表情に戻り、並列する豪奢な馬車へと視線を投げた。
そこには、亡命王子アレクシス・アスコットと、廷臣ヴォルカン・マッツが乗り込んでいる。
この奇妙な三者連合が成立した背景には、冷徹なまでの利害の一致があった。
まず、アレクシス。正当な血脈に連なりながらも、一度は王位継承争いに敗れ、修道院へと流された男。だが、ヤツはそこで朽ち果てなかった。王族の威光を聖職者としての権威に塗り替えて、教団内で地歩を固めた。今や数多の信徒を従える巨大な勢力を築き上げた。
そしてその男が次に求めたのは、玉座。――絶対権力。それを得る物理的実力、すなわちノヴァンさまの軍事力を盾にした。
次にヴォルカン・マッツ、彼女の素性は謎に包まれている。先王の側近だった過去に加え、王都のしきたりや裏事情に精通していることから、今回の進軍におけるキーマンになった。アレクシスという「神輿」を、ノヴァンさまという「力自慢の担ぎ手」に担がせる――そんな歪な関係を成立させている接着剤役の彼女には、きっと裏がある。単なる忠誠心ではない、どす黒い企みが隠されているように思えてならない。
そして我が主、ノヴァン・ド・オルドー。彼の目的は単純明快。アレクシスを王座に押し上げ、自らが「キングメーカー」として大陸全土を己の法と秩序で染め上げることだ。主さまにとってアレクシスは、天下の実権を獲るための道具……いや、決済の書類を承認するためだけの「玉璽――便利なハンコ」に過ぎない。
「腹にイチモツ抱えた者同士、呉越同舟だな……」
オレは緊張でムズムズしてきた口元を引き締め、灰の道の硬い感触を馬の蹄越しに感じた。
やがて沿道は「行軍」というより「祝祭」に近い光景になった。ディワール辺境領の民たちがこぞって詰めかけ、彼らの歓声が、地響きのように鳴り響く。
かつては泥濘と草木が茂るばかりだった街道が、今や馬車が時速20キロ以上で駆け抜けられる「高速道路」へと変貌している。物流の停滞は解消され、軍兵だけでなく、オルドー産の塩やビールなども瞬く間に城市間を往来する。この「迅速さ」と「活力」こそがオルドーの強さや豊かさ、さらに信頼の源だった。
「オルドー辺境伯様、我が主従もお供仕ります!」
街道沿いの日和見の小領主たちが、武装した兵を引き連れて次々と膝をつく。アレクシスという王家の象徴と、ノヴァンという圧倒的な経済・軍事力の協同行進。勝ち馬に乗ろうとする諸侯の群れを飲み込み、オルドー軍は雪だるま式に膨れ上がっていった。
「……気に入らん! なぜ皆、余ではなくあの男の名を呼ぶのだッ!」
馬車の窓から顔を出したアレクシスが、不機嫌そうに毒づく。
「あら、殿下。人気に嫉妬なさるなんて見苦しいわよ。辺境伯の決断と知恵は、あなたの持つ権威よりもよほど腹を満たしてくれますもの、仕方のない事ですわ」
ヴォルカンの大笑いが響く。……お前らの遣り取り、オレらにも割としっかり聞こえてるぞ?
◆◆
しかし、不穏な影は背後から近づいていた。
「閣下、伝令です! シュール・ガルドの残党が、ミカーヴァ子爵領内で大規模な暴動を起こしました。オカザール城市に迫る勢いを見せています!」
サイラス麾下の将の報告に緊張が走った。
シュール・ガルド大公領。
先代当主アーチャー・ボウマンの戦死後、凡庸な息子が跡を継いだことで国政は瓦解。組織的な軍事力を喪失した彼らは、ミカーヴァ子爵領による浸食を甘んじて受けるほかなかった。だが、正攻法を捨てた彼らの抗戦は、かえってイヤがらせのような陰湿さと、予測不能な猟奇性を帯びる変貌を遂げていた。
「ノヴァンさま、救援はオレに任せてください。閣下が足を止めたら、アレクシス様の面子が潰れる」
オレはノヴァンさまを見据えて命令を請うた。
「……シュール・ガルドの現当主は、偉大な父の仇も取れん小物にすぎん。だが、追い詰められた鼠は噛むぞ」
「分かってます。だからなおの事、オレがイリアス・リヴァース殿と共に引導を渡してやります」
ノヴァンは短く頷き、耳元で囁いた。
「……サニー。命はぜったいに無くすな。お前がいないと…………つまらなくなる」
……って何だよ、「つまらない」って。も少し言い方があるでしょが。
新生鉄砲隊50名、そしてシックス率いる遊撃隊を率いてオレは本隊を離脱した。
◆◆
――丸一昼夜後、オレたちはイリアス・リヴァース卿が駐屯する砦付近に着到、そこに群がる数千の反抗軍を捉えた。
「サニィ。ヤツら、数だけは多いよ。どうする?」
シックスが短刀を弄びながら尋ねる。
「どうもしない。……鉄砲隊、三列横隊! 弾薬装填し前進! 蹴散らしてイリアス卿に合流する」
シュール・ガルドの残党たちは、たった数十名で現れたオレたちを嘲笑い、長槍を振り上げて集まって来る。彼らの常識では、弓矢の射程に入る前に勝負が決まるはずだった。
「――引き寄せ放てッ!」
近代兵器の咆哮が戦場の土煙を舞い上げた。ドワーフ渾身の技術と訓練に訓練を重ねた専門兵の総力が一斉に発動すると、敵前衛は紙細工のように崩れ落ちた。
「悪魔の杖だ!」
「恐れるな、狙って当たる物ではないっ、こけおどしだ!」
言うな。以前に比べ命中精度が上がってるんだぜ!
轟音と煙。瞬時に絶命する前列の仲間に敵兵たちはあらためて恐慌した。「魔女の杖だ……」誰かのその呟きに呼応するように、「ベルカノの再来だ!」という悲鳴が連鎖していった。ベルカノとは、彼らの前当主が非業の死を遂げた因縁の地。その阿鼻叫喚は、まるでおぞましい呪いの言葉を耳にした者の拒絶反応のようだった。
俄か結集した暴動の群れが再び散り散りの烏合の衆に還り、やがて何処ともなく霧散した。
戦い自体はわずか一時間ほどで決着した。
戦意を喪失し、掻き消えたシュール・ガルドの抵抗軍を追い求めるようにオレの隊とリヴァース子爵領のイリアス軍は、その勢いでシュール・ガルドの本拠地「パレ・ボウマン(※ボウマン城市)」へと雪崩れ込んだ。
かつてアーチャー・ボウマンが威容を誇った宮殿の門は、今や内側から完全に開け放たれていた。抵抗を諦めた重臣らが当主の意思に依らず、領民たちへの危害を加えないことを条件に、無血開城したのだった。
玉座の間で震えていたのは、友軍を置き去りにしていち早く戦場から逃げ出した、豪華な鎧に着負けした臆病な若者だった。
「……戦さには敗れた。しかしあんたの親父は、最期まで勇敢で強かった」
オレはそれ以上の言葉が出ず、後の事をシックスらに任せて去った。
宮殿のバルコニーに出てみると、シュール・ガルドの街並みが夕日に赤く染まっている。
「シルヴィア・フォレスト殿、心から感謝を。これから僕の領民も枕を高くして眠れます」
隣に立ったイリアス少年が、穏やかにオレを見た。
「イリアスさま。今日この地の領民は不安な気持ちしか抱いてないでしょう。前当主殿を超える繁栄を早急に築いて安心させてあげてください」
――遥か西。
王都オーデンス・クラウンの空には、銀色の月が昇り始めていることだろう。そこには今頃、ノヴァンさまがアレクシスを擁し、堂々と入京を果たしているはず。
オレは出始めた夜風に髪のなびくのを任せ、静かに目を閉じた。
次回予告
ナレーション:サニー& シックス
サニー:「みんな、サニーだよ! 華やかな王都の裏で汚い貴族たちをまとめてお掃除! オレの軍師としての手腕、見せつけてやるぜ。なんて調子に乗ってたのも束の間。現れたのは、知性溢れる美しき王女・エルゼ姫。え、ちょっと待って……主さまと二人きりで、どーしてそんな良い雰囲気になっちゃうわけ!?」
シックス:「おやおや~? サニィちゅわん、お顔が真っ赤っ赤っだねぇ! 独占欲全開の嫉妬乙っすかぁ? けどもショックで寝込んでる暇はないっすよ。あーしがとっておきの情報を持ってきてあげたっす!」
サニー:「嫉妬なんかしてねーし! ……って、え? 『ヒューゴ・ラウレル』……? 魔法は科学……? まさか、その理屈っぽそうな思考は……もしかして、アイツなのか!?」
シックス:「恋敵の次は、謎の賢者にカチコミかなぁ!? サニィちゅわんのアオハルは、ますます大荒れの予感だねっ! ★」
サニー:「うるさいっ、今すぐソイツに会いに行くぞ!
次回、アオハル転生! 第13話――」
二人同時:
『乙女の涙はカチコミの合図!? 賢者の塔に眠る気になるアイツの正体!』
サニー:「主さまへの愛、フルスロットルだよっ!★」




