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7.潔白



いつの間にか、朝になっていた。

昨夜の続きを、夢の中で探していた気がする。


明るい日差しがカーテンからこぼれている。

体は疲れ切っていたようで、まだ慣れていない暖かい部屋に目をやると、どっと力を抜いた。

二度寝してしまいそうになりながら、昨日のうちに乾かした服に手をかけ、袖を通す。

1階に降りれば、エリアがもう台所に立っていた。

俺の顔を見ると、眉を下げる。


「寝れ……はしたみたいだね」

「まぁ、そうだな」

「朝ごはんにしよ」


テーブルに置かれた、パンにスクランブルエッグ、サラダ。曇った気持ちとは裏腹に、ぎゅるりとお腹が音を立てた。紅茶が香る。2人向かい合って座り、手を合わせた。

本当に、料理が上手い。


「役所ってどんなところ?」

「僕は、ちょっと苦手」

「なんで?」

「息苦しいから」


エリアの返答に、トマトをよく噛みもせず飲み込んでしまった。驚いて紅茶で流す。

むせる俺を心配しつつ、エリアは続けた。


「でも、トオルは平気だと思うよ」

「っなんで、?」

「天界って渡界者に優しいからさ」


そう言ったエリアの表情を、うまく、読み取れなかった。

声のトーンがわずかだが、平坦で。

なんとなくそれ以上聞けなくて。

ぽろぽろと喋りながら朝食を終えると、支度をして家を出た。


昨日はしていなかった大きなマントが揺れる。

前に垂れる金色の太い紐が、ボタンの代わりをしているようだ。その気品の良さといったら、エリアのイメージとは噛み合わないようで歩きながら何度もチラリと横を伺う。

左胸にいくつものバッジが揺れていた。


そういえば、エリアの仕事って……?


「あそこの白い四角い建物がこの街の役所だよ」


はっと、目の前を見る。

宮殿に比べれば小さいが、かなり大きい建物だ。

白いタイルが敷き詰められた外観は、とても冷たく、エリアが苦手だと言った理由がなんとなく分かった気がする。

エリアは小さく息を吸うと、大きく黒いヨーロッパ調の門をくぐり敷地の中に入っていった。


建物の中も、真っ白だった。

視界がちかりとくらむ。

大理石のタイルが続く広い入口に、足音がやけに反響して居心地が悪い。

カウンターに白い髪をした女性が2人座っている。

こちらに気がついたかと思うと、2人は顔を見合せ、すぐに椅子から立ち上がった。


「ワイアット様。おはようございます」


顔見知りのようだ。

深くお辞儀をした2人の女性に、エリアも軽く挨拶を返すので俺も会釈をした。


「本日はどうなさいましたか?」

「彼の担当者と話がしたい。午後から仕事なので、なるべく早く通してもらえると助かる」

「承知いたしました」


彼、というのは俺のことだろう。

俺の…担当者?

首を傾けながら、机上で作業をする女性を見る。

白い――といっても個人差はあるようでピンクがかっている髪が、大きな天窓から差し込む日差しで反射する。

赤い目が印象的だ。

彼女は紙に何かを記入すると、俺に向け羽根ペンを差し出した。


「こちらに、氏名と生年月日、現世での住所をお願いいたします」


言われた通りにペンを走らせる。

羽根ペンというものを初めて触った。

文字を書く度に羽が柔く揺れて、書きながら目で追ってしまう。

書き終えた紙を渡すとまたお辞儀をして、その担当者というものを呼びに行ってしまった。

すぐ側に休憩所のようなスペースがあり、移動する。

赤茶のソファが柔らかさのあまり体を包んだ。

沈み込む感触が、逃げ場を奪う。

エリアとふたり、並んで座り、机の上の白い花が一面の白と混ざって、よく分からない。


「担当者ってなに?俺の?」

「人間には1人に1人、天使がついてるんだよ」

「え。全員に?」

「うん、全ての行いを記録する係だからね」


空いた口が塞がらない。

俺の行い、全てを記録して、全てを見ていたという存在に、居心地の悪い恐怖を感じ身震いをする。

無意識に体が縮んで視線が泳いだ。

さまよって、エリアに止まる。

俺と同じなのか、ズルズルとソファに座り直した。


「……ねぇ、エリアの」

「本当にいたぁー!!」


声が遮られる。

耳につく大きな声が厳粛な空気を切り裂いた。

思わず肩を跳ねさせると、声のした方を見やる。

白いスーツに身を包んだ、黄色がかった白い髪を揺らす青年が不躾にも俺を指さしながら大股で近寄ってくる。

革靴のかかとが激しく音を立て「あれが……」と小さく声を漏らした。


「透!まじで探した!いやぁ見つかってよかった!俺もうめっちゃ上司に叱られてさぁ、魂を見失うなんて記録天使失格だ!なんてこんな目を釣り上げてよぉ」


活発的な目を指で引き上げ、変な顔になった男は、一人で豪快に笑いあげたあと俺の肩を力強く叩いた。

背もたれに背が付いていて、これ以上はもう下がれない。

エリアに助けを求めるように視線を送れば、男に呆れたように息を吐いた。


「トオルの担当者、君だったんだね、アルバ」

「ワイアットさん!お久しぶりです!いやまじでワイアットさんさすがっすね!ありがとうございます!」

「……トオル、彼はアルバ・リドゲート」

「はじめまして、籠宮透です……アルバ、さん」


助け舟を出してくれたエリアは、この男とも顔見知りなようだ。この人懐こい性格なら交友関係も広いだろうと、一人で納得する。

すると、なにかおかしかったのか、また口を開け笑うアルバ。騒がしい男だ。


「俺と透の仲じゃん!アルバでいいって!あっでもそっちは初めましてか!」

「じゃ、じゃあアルバで……」

「それでトオルの事なんだけど、どうなってる?」


長く続きそうだったアルバの流れを、エリアが断ち切ると、向かい側のソファに彼は腰をかけた。

背筋を伸ばし、背もたれを使わない様子に、ただうるさいだけの奴ではないと、短く息をつく。

アルバも息を吸うと、笑顔が消えた。


「現世での透は今、昏睡状態にあります」




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