63.背徳
「カマエルさんはなんで俺にこの話を……?」
痺れる空気の中、俺の声だけが響いた。
エリア自身にも隠されている真実。
この天界でそれを知っているのは絶対神ゼウス。
そしてカマエルさんと俺。柊木さんもきっと。
少なくとも一般人が知ることはない。
そんな重要なことをエリアに一番近しい俺だからって。
「……君が」
彼が俺を見る。
揺れる瞳が初めて水気を帯びた。
「君が、ワイアットを救ってくれると思ったからだ」
息を飲む。
長身の彼の頭上が見えた。
銀色の髪が縋るように光る。
「でも何が彼女にとっての救いなのか、もう分からない」
影のある声。
きっとカマエルさんは、ワイアットが心の底から気を許せる存在を待ち望んでいたに違いない。
笑っていて欲しかった。
そのはずだったのに。
俺が、いるから。
「っあ」
今、なにを考えた?
自分らしくない考えに乾いた笑みがこぼれた。
肩がふるえる。
「……違う」
小さく否定した。
声に出せば、それが確信になるような気がして。
短い言葉が何度も頭をよぎる。
でも、俺がいたから笑ったのも確かで。
思考が空回る。
掴みかけた答えが指の間からこぼれた。
「俺は――」
言葉を探す。
探して探してもがく。
光はいったいどこへ。
「あいつの隣にいます」
それだけは、変わらない。
俺が抱え込めばいい。
――彼女には気づかせない。
白を守るために、俺は。
カマエルさんはもうこれ以上何も言わなかった。
ただ一度だけ、静かに目を伏せる。
俺はこの人を誤解していた。
同じ道を辿ろうとする俺に彼は道標を立ててくれた。
だからこそ彼のようになってはいけない。
静かに息をついて、立ち上がる。
それがどこへ続いているのかは、分からない。
座ったままの彼を身をろす。
小さな男。
「ありがとうございました」
それだけを告げ部屋を後にする。
巨大な扉が閉じる。
重たい音が廊下に響く。
血が巡る。
「エリア」
舌に慣れ親しんだ愛しい名前。
窓から差し込んだ光が影を伸ばした。
足元に落ちた影が、やけに濃い。
踏み出すたびにそいつが先に進んだ。
だらりと腕の力を抜く。
指先が空を掴む。
もう、戻れない。
彼女の帰りを待とうと廊下を歩き出す。
途中、背の高い女性とすれ違った。
黄緑の長い髪を揺らす、無駄に整った曲線の女。
花のような香りに掴まれ思わず振り向いた。
鳥のさえずりのような笑い声。
女性はそのままカマエルさんの執務室へと入っていった。
ノックもせずに。
「……誰だ?」
きっとあの人もカマエルさんと同じ上位存在。
このタイミングで彼になんの用だろう。
胸の奥で、何かがひび割れた。
頭から血の気が引いて視界が歪んだ。
それでも、前を向いた。




