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56.同罪




馬車の揺れが規則正しく体を揺さぶる。

昨日と同じ音、同じ道。

違うのは、隣にエリアしかいないということだった。

彼女は目を閉じ指を組んで静かに座っている。

その横顔を見ながら俺は唇を噛んだ。


出発前、カマエルの元へ任務同行の許可を求めに行った。返ってきたのは拒絶でも了承でもなく鋭い視線だけ。彼がいないだけでようやくまともに息ができた。



「……今日の任務の内容は?」



静寂を破るように問いかけると、エリアはゆっくりと目を開けた。



「昨日の後始末」



窓の外に広がる青空が黒い雲を吸い込んでいく。



「全て終わらせたんじゃないのか?」



赤ん坊一人、見逃さなかったはずだ。

エリアは一瞬だけ視線を伏せた。

その睫毛が朝の光を受けて淡く揺れる。



「……終わったのは、日常だけだ」



低く、淡々とした声が響く。



「あの場所は、悪魔軍の兵が多く暮らす集落だよ」



胸の奥がゆっくりと冷えていく。



「前線に出ている兵は“先日“の戦いにより、ほとんど戻らなかった。そこで、僕たちは『守れる手』のいない集落を選んだんだ」

「……誘い出したのか」

「うん」



エリアは小さく頷いた。

息を吸って、まだ続ける。



「僕を狙った集中攻撃。

捨て身で戦力を削るつもりだったんだろうね」



唇が、かすかに歪む。

どこか他人事な口調に冷や汗が流れ落ちた。



「結果的に、自分達の首を絞めただけだ。

馬鹿らしい」



馬車の車輪が、石を踏む音がやけに大きく響く。



「じゃあ、“後始末“っていうのは……」

「誘き寄せられた、敗残兵の駆除」



あまりにも静かな言葉だった。

馬車は、焼け跡の匂いが残る方角へと進んでいく。



「エリア……」



名前を呼ぶと彼女はようやくこちらを見た。

その瞳には、迷いも恐怖もない。

これが彼女にとっての日常であると、思い知らされる。



「トオル。今日は馬車から降りないでね」



唾を飲み込む。

震える指先を、無理やり膝におしつけた。



「……嫌だと言ったら?」

「もし、君が怪我することがあれば僕が耐えられない」



エリアは少しだけ目を細める。

俺を飲み込もうとする目つきに、噛みつく。



「耐えられないのは、俺も同じだ」



エリアの眉が僅かに動く。

自分の震える声が、先走る気持ちの後を引いた。



「俺は何もできない。

でも、エリアが傷つくのを見てるだけなのは、もっと耐えられない」



エリアの瞳孔が大きくなり光を反射すると、俺から目を逸らした。彼女は背もたれにもたれかかると天井を見上げ呟く。



「……僕にそんな事を言うなんて、トオルだけだよ」



エリアは膝の上で組んでいた手を椅子にすべらせる。

天井を見上げたまま、静かに息を吐いた。

何かが崩れていく音がする。



「……でも、戦う術を持たないトオルを下ろすことはできない」



正論。

それでも、胸が痛んだ。

いつまでも俺を守る対象であるかのように何も知らなかった呑気に生きる俺に向けられたものと、同じ声。

胸の奥で鈍い渦がとぐろを巻いて口から飛び出る。



「俺だけが安全な場所にいるのに、吐き気がする」



胃が持ち上がり、視界が一気に暗くなる。

エリアがこちらを向いた。

俺の名前を小さく呟いたが、それが俺の言葉を止める障壁にはならなかった。



「だから覚えるしかない。

吐いても、立てなくても、お前の隣で」



振り絞った俺の言葉に、エリアの喉が小さく鳴った。

喉奥で酸っぱい塊がせり上がる。

彼女の瞳の中で、俺の姿が揺れているのが見えて思わず笑う。彼女もつられるように笑った。

感情が混ざりあった、不気味な顔。



「……汚れるよ。一生、落ちない汚れがつく」



その言葉は、決して警告ではなかった。

視線が絡み合う。



「知ってる」



ドアが開かれ、朝の冷気と共に腐敗した肉と鉄の混ざった匂いが肺を突き刺す。

昨日よりも酷い悪臭に、体が固まる。

だが、エリアは平然と先に立ち上がり馬車を降りた。

地面に降り立った彼女の背中は真っ直ぐと立っているけれど、その足元に伸びる影はどこまでも黒く、歪む。真っ黒な翼に見えるそれに、息を呑んだ。



「おいで、トオル」



彼女が振り返り俺に手を伸ばす。

脳裏にあの眩しい草原で笑っていた彼女の幻影がよぎった。


その手を取り、泥濘の中へと一歩踏み出す。

ぐちゃり、と。

靴底で泥が潰れる。



「ありがとう」



指先が食い込むほど強く絡まる。

彼女の指は、驚くほど冷たかった。

その冷たさが俺の体温を奪っていく。


ああ、これでいい。








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