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5.原罪



オーブンの前で、二人並んで待っていた。


ちぃん


オレンジの光が消える。

少しの沈黙の後、嬉しそうにアップルパイを取り出すエリアに思わず笑顔がこぼれた。


「あちち!」


家中に甘いシナモンの香りが広がった。

その香りについ、子供のように身を乗り出してしまう。

大きな皿に盛られた、大きな丸いアップルパイ。

こんがり焼かれたきつね色と、心を満たす香りに唾を飲み込むと、たまらない!とエリアが吹き出した。


「トオルって結構愉快でしょ」

「それはエリアの方だ」

「僕もか!」

「いや、エリアだけだ」


唇をむっと閉めたエリアに、今度は俺が思わず吹き出す。

丸いアップルパイが三角形に切られる。

エリアは一度も迷わなかった。

手作りとは思えないほど、りんごがゴロゴロと入っていてキラキラと光る。


「これ、神様に怒られたりしない?」

「さぁ?でも、怒られる前に美味しいよ」


エリアの言葉が引っかかりながら、差し出されたフォークを貰う。ためらうが、罪深いほど香るりんごの香りが俺の手を動かした。サクリと一口。

そして、口に入れた瞬間、ほろりとほどける。


「うっ!」


一瞬、言葉に詰まる。


「……ま」

「あは!やっぱりトオルもじゃん!」


ケラケラとエリアは笑った。その間にもう一口。

サクサクのパイ生地、ゴロゴロのりんごが、トロリと溶ける。ここまでおいしいアップルパイを食べたのは初めてだった。ひとしきり笑ったエリアも、口いっぱいに頬張る。


「う!っま!」


得意げな瞳と目が合う。


「似てないよ」

「自分でも似てないなって思った」

「これ、エリアが作ったから美味しいのか?それともあのりんごだから?」


うーん。と頭を捻ったエリアを見つつ、また一口頬張る。


「あのりんごで、僕が作って、トオルと一緒に食べてるから美味しいんだよ!」


いつもの笑顔。

なんだかこちらが恥ずかしくなるほど、真っ直ぐな言葉に瞼を落とした。真っ白で素直な天使。俺はそんなエリアに答えるよう口を開いた。


「そういうことにしとくよ」


胸が緩む。

禁忌の味は、なぜかとても安心した。



――――――



大きなアップルパイは、あっという間に2人のお腹に入ってしまった。いつの間にか陽は落ちている。

何時かは分からないが、もう夕飯はいらないだろう。

食器をまとめてシンクまで持っていくと傍に置いてあったスポンジを握る。「洗ってもいいか」と聞くと、とても嬉しそうにソファの上で跳ねた。

洗剤が泡立つ。


「ねぇ、トオル?」

「ん?」


洗っていた皿がカチャリと音を立てる。

ソファに座っているエリアが背もたれに頭を預けるようにして、こちらを見ていた。水の流れる音が沈黙を消す。


「この家、一人で暮らすには、ちょっと広すぎるんだ」

「まぁ、確かに」

「それでさぁ、あのさぁ」


白い頭が揺れる。

泡だらけの皿を水で流しながら、俺はその様子をじっと見つめた。エリアは天井を見たまま動かない。

何となく、水を止めた。

すると、沈黙に耐えられないと観念したように、目線だけを動かしたエリアはゆっくりと体を起こした。


「トオルがいてくれたら、ちょうどいいなって」


「……嫌じゃなければ、だけど」


青い瞳が揺れる。

その揺れを、なぜか拒めない。

ここにいる理由を、考えなくていい気がした。

また、自分らしくないなと思いながら蛇口をひねる。

水が泡を綺麗に洗い流した。ふと笑みがこぼれる。


「全然、嫌じゃないよ」

「っほんと!」


食い気味の鋭さに、また笑みがこぼれる。

がたりと音が鳴ったかと思えば、勢いのあまりに足をローテーブルにぶつけたらしく、喜びながら顔を歪ませていた。やっぱり愉快なのはエリアの方だ。

俺は最後の食器を洗い流すと、ラックに置いて手を拭いた。


「いいの?ほんとに、いいの?」

「ほんとにいいよ」

「わっわっいいの!」

「だからいいって」


バンザイをしながら大袈裟すぎるほどに喜んだエリアは、そのまま横に倒れた。くふふ、えへへ。笑い声がくすぐったくて、同じように俺も笑う。

ソファの肘置きに腰を預けると、嬉しさで足を大きく動かすエリアの振動が伝わる。


「いいって!へへっ、いいんだって!」

「喜びすぎだろ」

「だってだって!くふっ、空き部屋があってよかった!」

「むしろありがとな」

「どういたしまして!」


そう笑い合うと、エリアは家を案内しよう!と勢いよく飛び起き、俺の腕を引っ張った。

今度は2人、ゆっくり。

穏やかな時に身を任せ、笑いながら――





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