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44.告解





「……なんですか」


困惑して、思わず扉を少し閉めてしまった。

そんな俺を見下ろすように目を細めた後、カマエルは礼儀正しく頭を下げた。

月に照らされた銀髪が、美しく光った。


「夜分に申し訳ない、少し荷物を運ばせて欲しい」

「……荷物って、なんですか」

「ワイアットの私物の回収だ」


通すわけにもいかなくて「帰ってください」と威勢を張るが、俺の意思など関係ないのか、乾いた笑いを見せながら背後の軍人達に指令を出した。


「こちらで待機せよ。

透くん、少しわたしと話はできないか?」


声の抑揚がない平坦な声、その圧に負けて「話だけなら」と頷いた。

男が家の中に入る。念の為、鍵を閉めた。

きっと、カマエルにはバレている。聞き慣れない足音が後ろをついてリビングに入った。


「どうぞ」

「すまない」


ダイニングチェアに腰をかける大きな男、服は軍服とは違う。

だが、街で見るどんな私服とも違う。

白に近い淡い色の長衣は、床につきそうなほど長く、布の重なりが静かに揺れていた。

金属や宝石の装飾はない。

それでも、その衣が「身分」を語っていた。

電気がつけられた部屋に、異様な空気が走る。

手汗が滲んだ。


「……エリアの、直属の上官というのは?」


それでも、この男に聞きたいことが山ほどあった。

口が自然に開く。

カマエルは、切れ長の目を伏せた。


「エリアリア・ワイアットは、わたしの指揮下で任務に就いていた。

それ以上でも、それ以下でもない」


彼は、事実だけを零した。

これ以上、説明する気はないらしい。


「荷物を運ぶというのは?」


空気が痺れた。


「彼女は、もう"守られる側"ではない」


胸が軋む。



「西区で管理する必要がなくなった」



ここに住む権利を、剥奪された……ということなのだろうか。

もう、何もかも分からない。

分からないと思うだけで、なにも動けないでいる自分に腹が立つ。

濡れた拳を握りしめた。


「前線から退いた。戦果も、称号も、彼女を守る盾にはならなかった」

「……生きて、いるんですか」


声が、情けないほど震えた。

カマエルは、初めてこちらを見た。


「生きている」


それだけで、息が戻った。


「だが、もうここには帰ってこない」

「それは、なぜ?」

「……」


何かを言い淀んだ。

答えを急かすように、視線を送る。

どちらも、沈黙を崩さなかった。



「……なるほど、君は確かにワイアットの心の居場所になっただろうな」



冷徹な男の目の端が、微かに緩んだ。

その表情に驚いて、身を引く。

俺を見て、カマエルは小さく笑った。



「わたしはずっとワイアットを見てきた。

剣術を教え、指導者として導き、厳しく接してきた」



カマエルの瞳は、子供を思う父親のような温もりが宿っていた。

あぁ、この人は、きっと――


エリアを、最後まで見放さなかった側の人間だ。


「……彼女は、何も選んでない」

「選ばなかった、じゃないんですか」


俺はそう言うと、カマエルは一瞬だけ眉を寄せた。


「結果としては、同じだ

だが、彼女は――自分が何を背負ったのか、理解していない」


胸が、嫌な予感で締めつけられる。

どんどん、冷えていく指先。


「どういう、意味ですか」

「彼女は命じられたことを遂行した。

疑う余地も、拒む理由も、与えられなかった」


淡々とした口調。

事実だけを伝えられる、だからこそ残酷だった。


「功績として処理されたものの中に、消してはならないものが混ざっていた。

それに彼女は気づいていない」

「……それで、英雄じゃなくなった?」

「いいや」


カマエルは、きっぱりと否定した。


「“便利になりすぎた“のだ」


言葉が、重く落ちた。


「理解した瞬間、彼女は壊れる」


エリアを守るためか、隠すためか、それとも、

逃したのか。

彼の口から告げられる事実が重たく苦しかった。

エリアは、なにか――

そこで、思考が止まった。

考えてはいけない、と本能が告げていた。


「彼女は今も、自分が正しいと思っている。それが、一番残酷だ」


俺は、黙り込んだ。


エリアはきっと、“何も知らないまま“一人で前に進んでいる。

それを知っているのは、ここにいる俺と、目の前の男だけだ。

問い返す言葉も、否定する言葉も、もう意味を持たないような気がした。


きっと、それを止められるのは――


喉の奥が、ひりついた。

名前を呼びかけるように、唇がわずかに動く。


「……エリアは、どこにいるんですか」


俺の問いかけに、カマエルはすぐには答えなかった。

少しだけ、何かを考えた後慎重に口を開いた。


「会いにいくつもりか」


低く問われ、否定できなかった。

自分の中で、もう答えは決まっている。


「止めはしない」


それだけを告げて、男は立ち上がった。

服の長い袖が揺れる。



「ただし――彼女に真実を与える覚悟があるなら、だ」



その言葉を聞いた瞬間、はっきりと分かった。

もう俺は、同じ場所には立てない。

何も知らないエリアと、知ってしまった俺。その距離は戻らない。

それでも。

それでも、追わずにはいられなかった。

この男から真実を預かる覚悟も、できている。


俺は息を吸おうとして、うまく吸えなかった。

それでも、足は勝手に動いていた。






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