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40/54

40.答え





なにも。

なにも言えなかった。


沈黙が続く。


孤独とは、なんだろう。


分からない。



沈黙を破ったのは、俺でもエリアでもなかった。


窓の外で、風が葉を攫う。

高らかな音が俺たちの間を割いた。

金色を想像させる楽器の音。

エリアが素早く立ち上がる。



「行かなきゃ」



その声に、頭が真っ赤になった。

窓の外を見ようともせず、ただ、音が鳴ったからと当たり前のように立ち上がったエリア。

部屋から出ていこうとするその姿を、止めた。



「行くなよ」



ついに飛び出した。


最悪だ。



「どいてよ」



睨まれる。



「どかない」



ドアの前で立ち塞がった。

俺の言動が不快なのか、眉間に皺を寄せる。

初めて見る顔。

瞳から光が消えた。


その表情に威圧されて、尻込みする。

強く息を吸った。



「行くな」

「なんで」

「今のエリアを行かせられない」

「……いつもと、変わらないけど」



どちらも、譲らない。

エリアの瞳は単純に俺を映しているだけ。

ただ、無機質な、黒。

白とは真逆の色が、自然に溶ける。


今、エリアを行かせてしまえば、きっと全てを後悔する。

傷ついた姿を、悲しむ姿を見たくない。

ここにいて欲しい。

ただ隣で、全てを投げ出して笑っていて欲しい。

俺が居場所ならば、そうして生きればいい。

独りぼっちだと嘆く世界なんて、捨てればいい。

選択してしまえば、きっと簡単なこと。


召集のラッパの音が鳴り止む。

刺さるような静寂が、気落ち悪い。

胸の奥が早鐘みたいに鳴って、息の吸い方が分からなくなった。



「…いつも通りでいられなくなったから、りんごを食べに来たんじゃないのかよ」



エリアの表情が見えない。

抑えていたものが、漏れる。

喉の奥がひくりと痙攣した。



「どんな状態で帰ってきたのかも分からないのか?

自分の状態も分からないで、世界が救えるわけないだろ」



溢れた。

声が、思ったよりも低く震える。



「僕には力がある?そんなの知らないよ。

なんで周りを頼らない?なんで助けを求めない?」



止まらない。



「そんなに英雄は凄いのか?自分一人も大切にできないで?」



行くなよ。



「それで死ぬなら、俺は、お前を止める」



もう、引き返せない。



「やめたって、投げ捨てたって――生きてていいだろ」



言ってはいけないことを、言った。


エリアの誇りを応援していた俺は、もういない。

正義でも愛でもなく、ただ、失いたくないだけだ。

白い頭が、くらりと動く。

青色の瞳に、闇が宿る。


――理解している目だ。



「トオルは逃げたいんだよ」



「……は?」



俺を見る。

理解ができない言葉に、血が上る。

エリアの口角が微かに上がった。



「気づいてないの?」



エリアは細い首を傾げた。

俺の言葉なんて、全く届いていないようだ。


逃げたい…?

なにから…?


喉が張り付く。



「…話を変えるなよ」

「変えてないよ、だって」


「僕を認めてしまったら、自分を否定することになるもんね」



言葉が消えた。


目を見開く。

痛い。

思わず笑う。

自分の乾いた声。

何かが切れた。


構わず、エリアは続ける。



「トオルは僕を止めたいんじゃない。

その言葉で、自分を肯定したいだけだ」



視界が揺れる。

頭を鈍器で殴られたように、痛い。


暗い部屋、青白いブルーライトに照らされる、俺。

その顔に生気はない。

思い出したくない記憶。

言われたくなかった言葉。

感情が、ぶつかる。




「 違う 」




否定。


心臓が、跳ね上がる。

崖に立たされたように、背後が冷えて。

わけが分からなくなって、息が詰まる。


エリアは、俺を真っ直ぐ見抜いた。


全てを見られている。


吐きそうだ。



「違わない。だって――」



言うな。

それ以上。

なにも言わないでくれ。



「 僕は逃げない。トオルとは違う。 」




白が、黒を追い越した。



無機質にドアが開く。


俺は、逃げてなんかない。

自分で決めたんだ。

『選択』すらしようとしないエリアには、言われたくない。

反論が飛び交うが、なにも言葉にならない。

図星を、突かれてしまったからか。


違う。

俺が『選択』したことは、なにも間違っていない。

逃げてなんかない。

違う。

違う。


背後で、黒い何かが、笑った。



振り返る。


ドアが、閉まった。




「っ、待てよ」



追いかけた。


家が震えるほどの強さで、廊下に出る。

白い影が階段を降りていった。


走る。


壁に沿わせた手が、驚くほど震えていた。



「 行くな!! 」



背中に叫ぶ。


エリアは振り向かない。

冷たい背中。

それに無性にムカついた。

吐き出す。



「 英雄ぶって死ぬのが、そんなに偉いかよ!! 」



唾が飛ぶ。


エリアの足が止まる。

二階の踊り場から、見下ろす。

息遣いが、うるさい。



「 違うだろ!使命を全うした奴が讃えられるなんて思ってんじゃねえ!! 」



震える。



「 俺を置いてく覚悟もねえくせに、英雄気取りするな!! 」



階段の途中で、時間だけが止まった。


エリアは振り向かなかった。

それが、答え。


足音が階段を降りきる。

玄関の扉が開く音、閉まる音。

それで終わりだった。



「……はは」



喉から、意味の無い音が漏れた。

さっきまであれほど叫んでいたのに、声が出ない。

胸の奥が、妙に静かだった。


勝った、と思った。

言い返した。

刺した。

止めた、はずだった。


なのに。



「……俺、なに言った?」



自分の声が、やけに他人事みたいに聞こえる。


英雄ぶるな。

死ぬのが偉いのか。

俺を置いてく覚悟もないくせに。



最悪だ。



どれも、全部。

止める言葉じゃない。壊す言葉だ。



膝から力が抜けた。


床に手をつく。

冷たい。

あんなに震えていたはずの手が、今は何も感じない。



「……行くなって、言いたかっただけなのに」



誰に向けられたのかも分からない独り言が、床に落ちる。


返事は、ない。



選択したのは、エリアだ。

でも、引き金を引いたのは――俺。



胸の奥で、何かが遅れて崩れ落ちる。

音もなく。

取り返しのつかない形で。



――朝日が、廊下に差した。


それでも、なにも戻らなかった。





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