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38.告白




「アイツと話した方がいい」


玄関で柊木はそう呟いた。

その目には哀愁が帯びていた。

俺は、自分の手の中に収まっているりんごを見つめる。


「柊木さん、あなたは」


物音ひとつしない玄関に、声が響く。

重たく落ちた。


「なんでそこまでエリアを…?」


ドアノブに手をかけた柊木の動きが止まる。

そのまま彼は振り向かなかった。

ゆっくりとドアが開き、外の冷たい空気が頬を撫でる。

闇が入り込んだ。



「俺は人間だ。ここではどこにも属せない」


「だからこそ、心が揺れる。

それだけだ」



彼は闇の中に消えてしまった。

ドアが閉まる。

再び静寂に包まれた。


心が揺れる、か。

管理や監視を任されている彼は、この世界の裏側を知ってしまったのだろう。

だからこそ、どちらにも属せない自分は人間らしい心情で揺れる。

今度ちゃんと、彼と話をしてみたい。

しばらくドアを見つめた。


りんごを握りしめる。


エリアと話をしよう。

そう決意して、階段を登った。

足音がやけに大きく響いてうるさい。

聞き耳を立てたがそれ以外、何も物音はしなかった。

エリアの部屋の前に立つ。

ノックを数回。

無機質な音が木霊する。

返事はなかった。



「エリア」



自分から酷く優しい声が飛び出て、心の中で笑う。



「話がしたいんだ。入ってもいい?」



無音。

やはり今はダメかなと、もう一度名前を呼ぼうと半歩ドアに近づく。

布が擦れる音が微かに聞こえた。



「 いいよ 」



本当にわずか、

気のせいだと思うほど小さい声が聞こえて、俺は眉を下げた。


「ありがとう」


ドアノブを回した。



いろんな色が集まった部屋の中。

ベッドに座ったままのエリアがいた。

床を見つめて、先程と様子は変わらない。

俺がクローゼットから出した服は、ぐしゃぐしゃにベッドの上に放置させられている。

エリアに近づいた。


新しい、真っ白な軍服に身を包んでいた。



「となり、座ってもいい?」



エリアが、コクリと頷く。


少しだけ間をとってベッドに腰をかけた。

スプリングが重さで軋む。

エリアの目に映らないように、りんごを背中側に隠した。

膝の上に置かれているエリアの両手を見つめた。


「俺の話聞いてくれる?」


エリアの話を聞きたいと、そう思ったけど。

久しぶりの二人の時間を少しでも楽しみたかった。

息を整える。



「おかえり、エリア」



エリアの指先が小さく動く。



「この前、エリアと一緒にこの家で過ごしたのが何日なのかなって数えたんだ」



随分と前だが、仕事で失敗した日の夜に自室で考えた記憶が蘇る。

言葉に、自然と笑みがまじった。



「そしたら、たったの6日間だけだった」



目線をずらす。

そのまま天井を見上げた。



「信じられるか?全然そんな気しないのにさ。

俺の中で、エリアの存在はそれだけ大切なんだなって思ったんだ」



生きることに疲れ切っていた自分。

エリアと出会わなかった自分のタラレバ話。

いったいどうなっていたのか、想像もつかない。

ゆっくりと少しずつ、エリアがいない時に考えたことを話す。

一人で笑う。

エリアが小さく反応を見せると、それが嬉しくて目を細めた。

一通り喋り終えると、隠していたりんごを手に取った。



「俺のことを、どう思ってるかは分からないけどさ」



エリアが少しだけ首をこちらに向けた。

手の中にある赤いりんごに視線を向ける。

俺はそちらを見ないように、りんごだけを見た。



「俺はあの時、エリアに出会えて本当に良かったよ。

心の底から、そう思う」



「ありがとう、エリア」




青い瞳と、目が合う。

何も映していなかった瞳に、薄く光が宿ったのが見えた。

小さな口が薄く開かれる。

何かを言いたげにしているエリアに、俺は目尻を下げた。

ゆっくりでいいよと、伝わるように。


何度か口が開いては閉じて、掠れた声が耳に届く。

言葉をたくさん選んでくれた。



「……ぼくも」



エリアの瞳が、緩く揺れる。

今にも零れそうだった。



「ぼくもだよ、トオルと会えて、ぼくは変われた」



少しずつ、目線が落ちる。

エリアはぽつりぽつりと話しだした。

白い頭を見つめる。



「僕はね、独りぼっちだったんだ。

それはもう、ずっとずっと、産まれた時から、ずっと」



所々、鼻声が混じる。

消えてしまいそうな声を、相槌を入れながら聞いた。

どんな言葉も聞き零したくない。



「もう分かってると思うけど、僕はみんなに『エリア』だなんて呼ばれない」



遠い記憶がエリアの声で再生される。

ちょうどこの家に来る前の、道すがら。

お互い自己紹介をした始まりの時。


『僕は『エリアリア・ワイアット』長いから『エリア』でいいよ。みんなそう呼ぶ』


そう言ったエリア。

あれはきっと、そうであって欲しいというエリアの願望であり、自分を苦しめる嘘。

俺は深く頷いた。



「僕をそう呼ぶのはトオル。それと、僕のお母さん」



エリアは息を整えて、言葉を続けた。



「僕の母はね、とても厳しい人だったんだ。

でも、それは僕を思ってくれてるから、母の優しさゆえに僕を厳しく育ててくれた」



ちらりと一瞬だけこちらを見た。

でも、目が合うことはなくすぐに視線が戻る。

今何を見た?

つられてそちらを見ようとしたが、今は違うとすぐに意識をエリアに戻す。



「実家にいた頃はみんなが僕を名前で呼んだ、エリアリアって、気を許せる友達もいた。

でも、なんでかな、心はいつも寂しかった」



エリアの声が、酷く揺れた。

寂しさが伝わってきて、俺も一緒に苦しくなる。

思わず、少しだけでも傍にいようと手をベッドに添わせエリアに近づいた。

短い息遣いが聞こえてきて、心臓がきゅっと音を立てた。



「人間のトオルには想像もできないほどの長い時間、僕は独りだった。

だから、たった6日でも僕を『エリア』と呼んでくれたトオルを、僕は――」



顔が上がる。

大きな瞳、静かに雫が一筋零れた。

瞬きをする度、エリアの目から落ちる。

自然と腕が動いて、ゆっくりと親指でそれを拭う。

白い肌に触れた。

手の中にすっぽりと収まってしまいそうなほど、小さな顔。

全てが俺と違って、小さくて柔らかい。

こんな小さなエリアに、この世界は抱えきれないほどの重りを載せている。

それが憎くて、仕方がない。

薄ピンクの唇が小さく開いた。



「トオルは、僕の『居場所』だよ」



エリアが、ほんの小さく微笑んだ――






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