32.勲章
「連日の報道で民衆に不安が広がりつつある。
ワイアット、分かっているな?」
そう命令を下した組織の上層部のしわがれた声。
僕は自分の部下を引き連れて仕事場に向かっていた。
わざわざ軍を引き連れ、街を通り拠点に行くだなんていつもは絶対にしない。
したくない。
だって……
視線が動いたことを悟らせないように、胸を張る。
あっという間に大勢の人に囲まれた。
これが上の目的なのだろう。
出兵というより、これじゃあ遊園地のパレードだ。
輝く瞳、千切れんばかりに振られる手。
耳に張り付く歓声が、僕を包んでまとわりつく。
これから行く場所が、どんな所かも知らないくせに。
そう思ってしまう僕は『英雄』失格なのだろうか。
いつから僕は、英雄と呼ばれるようになったんだっけ。
何も成し遂げていないのに。
まだ、戦っているのに。
何も知らない民衆の平和を守り続けて。
いつから僕は、こんなにも偉くなった?
先頭を行く僕のマントだけが、揺れる。
ワイアット。
ここでの僕はその名前でしか呼ばれない。
「勇敢な戦士」という名でさえ。
僕を縛りつけるしがらみとなる。
もう、僕を、見ないでほしい。
呼ばないでほしい。
視界が、暗くなる。
「エリア!!」
声が、聞こえた。
ような気がした。
決して、そちらを見ることは許されない。
確かめるすべもない。
でも、喉が熱くなって、何かが込み上げた。
ねぇ、トオル、そこにいるの?
心の中で、彼を呼ぶ。
視界が一気に、明るくなった。
音が、戻ってくる。
トオル。
トオル。
聞こえたよ。
トオルに、この姿あんまり見られたくはなかったな。
トオルの前では、ただの、エリアでいたかったな。
歓声の声が大きすぎて、もうトオルの声は聞こえそうにないけど。でもちゃんと届いたよ。
もしこれが、僕が作り出した幻聴だったとしても。
背筋が伸びた。
もう、大丈夫。
前を向ける。
僕を「エリア」と呼んでくれる君が、ここにいるから。
それだけで、もう一度頑張れる。
僕の使命は戦い抜くことだ。
それに誇りを持っている。
ただ少し、注目されるのは窮屈に思ってしまうだけ。
一瞬考えてしまった、自分らしくない考えを決意でかき消す。
腰に下げた、相棒のサーベルの柄を触る。
手袋越しに冷気を感じて、息を吸った。
さっきまで鬱陶しく思っていた歓声に背中を押される。
その声援も少しずつ遠ざかり。
気がついたら東区まで来ていた。
自分たちの足音しか聞こえない。
ここまでくれば、もうこちらを見る視線はなくなった。
ほうっと、息をつく。
東区は、民間人も入れる場所ではあるが。
そのほとんどが軍事機関に管理された土地だ。
ほとんど人は寄りつかない。
僕も西区に帰れない時は、こちらの家に帰っているし。
学校もこの東区にある訓練施設に通った。
あまり、いい思い出はないけれど。
ここはいつだって張り詰めた空気に包まれていて、自然と背筋が伸びる。
今日は特に連日の騒ぎで空気がピリついている。
同じ軍服に身を包む天使が多く目について。
僕の姿を見るなり、頭を下げるか敬礼を飛ばした。
まだずっと歩いて、ようやくこの街の端までやってきた。
広い街だがそれをパレードのように目立つことで。
民間人には、僕が前線へ出た安心感を。
軍人には、戦いが始まることを。
同時に示唆していた。
足を止める。
瞬間、近くにいた部下が一歩前へ出た。
その顔は、どこか恐怖で歪んでいて見るに絶えない。
震えていない足はこの隊に所属できた誇りか、それとも……
「第一剣、ご指示を」
第一剣。
そう呼ばれるたびに、僕は前を向く。
全員が、僕を見る。
見慣れた光景。
僕の次の言葉だけを待つ時間。
凛と静まる空気が広がって、緊張感を高めた。
この瞬間は嫌いじゃない。
皆の顔を見て、息を短く吸う。
言葉を吐く前の、一瞬。
空気が揺らいだ。
「第一剣として命じる。
各隊、予定通り配置につけ」
ざわりと空気が大きく動く。
大勢の部下が、息を吸う音。
僕は、それを一つも聞きこぼすまいと目を見開いた。
「――能天使第一特攻軍、第一剣の御名のもとに」
声が重なる。
風を、切った。
羽が瞬き、一瞬で空へと消える。
空気の動きだけが残った。
誰もいなくなった、地面を見つめる。
彼らの決意を、無駄にしたくはない。
何も取りこぼしたくない。
軍帽を下げる。
目元に影が落ち、静寂が、体を包む。
背後で音が鳴った。
真っ白な羽を背負う。
完全な天使となって、僕は飛びたった。
先に飛び立った部下たちを、あっという間に追い越し彼らの先頭を行く。風が頬を刺し、負けないようにとサーベルを抜いた。
鈍い銀色が、近くなった日に照らされて光る。
先に見える暗闇に、程なくして突っ込んだ。
黒いモヤが僕を包んだ。
それでも白いままの僕は、構わず進む。
羽を一回またたかせるたび、加速する。
大丈夫。
ちゃんと息は吸えている。
ふと、下を見た。
そこには仲間も、敵も。
全てが重なり混ざっている。
これが、本当の地獄だ。
あまりの悪臭に、眉を寄せた。
守らなきゃ。
僕が。
全部。
もう一度、決意を込めて剣を握り直す。
「——切り拓く」
光の礫となって、闇の奥底へ突き刺さった。




