表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/64

32.勲章





「連日の報道で民衆に不安が広がりつつある。

ワイアット、分かっているな?」



そう命令を下した組織の上層部のしわがれた声。

僕は自分の部下を引き連れて仕事場に向かっていた。

わざわざ軍を引き連れ、街を通り拠点に行くだなんていつもは絶対にしない。

したくない。

だって……


視線が動いたことを悟らせないように、胸を張る。

あっという間に大勢の人に囲まれた。

これが上の目的なのだろう。

出兵というより、これじゃあ遊園地のパレードだ。

輝く瞳、千切れんばかりに振られる手。

耳に張り付く歓声が、僕を包んでまとわりつく。


これから行く場所が、どんな所かも知らないくせに。


そう思ってしまう僕は『英雄』失格なのだろうか。


いつから僕は、英雄と呼ばれるようになったんだっけ。

何も成し遂げていないのに。

まだ、戦っているのに。

何も知らない民衆の平和を守り続けて。

いつから僕は、こんなにも偉くなった?


先頭を行く僕のマントだけが、揺れる。


ワイアット。


ここでの僕はその名前でしか呼ばれない。

「勇敢な戦士」という名でさえ。

僕を縛りつけるしがらみとなる。

もう、僕を、見ないでほしい。

呼ばないでほしい。


視界が、暗くなる。



「エリア!!」



声が、聞こえた。


ような気がした。



決して、そちらを見ることは許されない。

確かめるすべもない。

でも、喉が熱くなって、何かが込み上げた。


ねぇ、トオル、そこにいるの?


心の中で、彼を呼ぶ。


視界が一気に、明るくなった。

音が、戻ってくる。


トオル。

トオル。

聞こえたよ。


トオルに、この姿あんまり見られたくはなかったな。

トオルの前では、ただの、エリアでいたかったな。


歓声の声が大きすぎて、もうトオルの声は聞こえそうにないけど。でもちゃんと届いたよ。


もしこれが、僕が作り出した幻聴だったとしても。


背筋が伸びた。


もう、大丈夫。

前を向ける。


僕を「エリア」と呼んでくれる君が、ここにいるから。

それだけで、もう一度頑張れる。


僕の使命は戦い抜くことだ。

それに誇りを持っている。

ただ少し、注目されるのは窮屈に思ってしまうだけ。

一瞬考えてしまった、自分らしくない考えを決意でかき消す。


腰に下げた、相棒のサーベルの柄を触る。

手袋越しに冷気を感じて、息を吸った。


さっきまで鬱陶しく思っていた歓声に背中を押される。

その声援も少しずつ遠ざかり。

気がついたら東区まで来ていた。

自分たちの足音しか聞こえない。

ここまでくれば、もうこちらを見る視線はなくなった。

ほうっと、息をつく。


東区は、民間人も入れる場所ではあるが。

そのほとんどが軍事機関に管理された土地だ。

ほとんど人は寄りつかない。

僕も西区に帰れない時は、こちらの家に帰っているし。

学校もこの東区にある訓練施設に通った。

あまり、いい思い出はないけれど。


ここはいつだって張り詰めた空気に包まれていて、自然と背筋が伸びる。


今日は特に連日の騒ぎで空気がピリついている。

同じ軍服に身を包む天使が多く目について。

僕の姿を見るなり、頭を下げるか敬礼を飛ばした。


まだずっと歩いて、ようやくこの街の端までやってきた。

広い街だがそれをパレードのように目立つことで。

民間人には、僕が前線へ出た安心感を。

軍人には、戦いが始まることを。

同時に示唆していた。


足を止める。

瞬間、近くにいた部下が一歩前へ出た。

その顔は、どこか恐怖で歪んでいて見るに絶えない。

震えていない足はこの隊に所属できた誇りか、それとも……



「第一剣、ご指示を」



第一剣。

そう呼ばれるたびに、僕は前を向く。


全員が、僕を見る。

見慣れた光景。

僕の次の言葉だけを待つ時間。


凛と静まる空気が広がって、緊張感を高めた。

この瞬間は嫌いじゃない。

皆の顔を見て、息を短く吸う。

言葉を吐く前の、一瞬。

空気が揺らいだ。



「第一剣として命じる。

各隊、予定通り配置につけ」



ざわりと空気が大きく動く。

大勢の部下が、息を吸う音。

僕は、それを一つも聞きこぼすまいと目を見開いた。



「――能天使第一特攻軍、第一剣の御名のもとに」



声が重なる。


風を、切った。


羽が瞬き、一瞬で空へと消える。


空気の動きだけが残った。

誰もいなくなった、地面を見つめる。

彼らの決意を、無駄にしたくはない。

何も取りこぼしたくない。


軍帽を下げる。

目元に影が落ち、静寂が、体を包む。


背後で音が鳴った。


真っ白な羽を背負う。

完全な天使となって、僕は飛びたった。


先に飛び立った部下たちを、あっという間に追い越し彼らの先頭を行く。風が頬を刺し、負けないようにとサーベルを抜いた。

鈍い銀色が、近くなった日に照らされて光る。


先に見える暗闇に、程なくして突っ込んだ。



黒いモヤが僕を包んだ。

それでも白いままの僕は、構わず進む。


羽を一回またたかせるたび、加速する。


大丈夫。

ちゃんと息は吸えている。


ふと、下を見た。

そこには仲間も、敵も。

全てが重なり混ざっている。


これが、本当の地獄だ。


あまりの悪臭に、眉を寄せた。



守らなきゃ。


僕が。

全部。



もう一度、決意を込めて剣を握り直す。



「——切り拓く」



光の礫となって、闇の奥底へ突き刺さった。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ