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2.白い街



「ここまで来たらもう大丈夫」


いつの間にか離れていた手が額の汗を拭った。

緑の草原が広がる景色は、いつの間にか白や赤の煉瓦が立ち並ぶ街並みに変わっていた。

人が行き交い、賑わう様子はどこか懐かしさを感じさせる。慣れた足取りで街を歩く白い人と、はぐれないよう肩を並べて進む。

みんな髪色が鮮やかだ。

自分の黒色が、なんだか浮いているように思えてしまう。


「ここに来たのは初めて?」


辺りを忙しなく見渡していた俺を気遣うように、白い人は笑顔をこぼした。それに応えるように返事をする。


「ここは天界の中心街『セレスティア中央区』あの大きな宮殿見える?あそこは神々が住んでて、この街は天界で最も最高神ゼウス様に近い街なんだ」

「ゼウス…?」

「そう、全知全能の神様、とっても偉い人」

「へ、へぇ……」


神話やアニメなどで耳にしたことのある名前だ。

だが現実味がなく、とりあえず相槌を打つ。

聞きなれない単語ばかりで話を追うので精一杯だ。

神という存在は本当にいるのか――

いや、こうして楽園があるのだからいるのだろう。


白い宮殿を中心に円状に広がる大都市セレスティア。

今いる中央区から四方に区分けされ、白い人の家は西区にあるという。

移動手段は徒歩や馬車やバス。

最近は人口増加に伴い路面電車も開通したらしい。

白い人はこの街で長く暮らしているようで、通りすがるパン屋やカフェを指しては、

「ここのパンは美味しいよ」

「この店は街1番の安さ」

「ここには看板猫がいるんだ」

と小話を挟んだ。


活気のある商店街に、ゴミひとつ落ちていない遊歩道。

こんなに綺麗な街を見るのは、初めてだった。

生きていた頃の苦しさが、胸からそぎ落ちていく。


「さっきいたところは?」

「あそこは最初の草原『ヘイヴン・クロス』。天国にやってきた人間が初めに行き着くところだよ『安息の交わる場所』それで『ヘイヴン・クロス』」


だから俺はあそこにいたのか。

死んだ人間が最初に行き着く場所。

確かにあそこで見かけた人達の髪色は、俺と同じように初めて目にした楽園に魅入られていた、同じ黒。


「じゃあ、この街の人は……」


立ち止まり、周囲を見渡す。

やはり通り過ぎる人々の髪は鮮やかだ。

赤、青、緑、ピンク、白。

隣の白い人も同じ。

生まれながらにしてこの楽園「セレスティア」に住む住人なのだろう。


「うん、ここセレスティアにいる人は大体がこの街で育った人たちだよ。君みたいにヘイヴン・クロスからやってくる人間たちのことを僕らは『渡界者』と呼んでる」

「とかいしゃ」

「界を渡って来た者ってこと。彼らは通常ヘイヴン・クロスで準備期間を過ごしてから、自分の進む道を選ぶんだ」

「準備期間?俺は何も準備してないけど」


白い人は声を漏らして笑った。

止まっていた足がまた動きだす。

釣られるように歩くと、青い瞳が俺の黒を覗き込む。


「君は特別。こんな風に、いきなり街に連れてこられるなんて滅多にないからね」


悪戯っぽく笑うと、肩を竦めてみせた。

青い瞳が楽しそうに光っている。


「でも見た感じ、俺と同じ渡界者はいないよ」

「ほとんどが準備期間のうちに転生を選んでしまうからね」


白い人は、足を止めると、通りの向こう側にある噴水に手を向けた。


「ここにいる人たちは、 ほとんどが天使や精霊、それに近しい存在だよ。天界に住む渡界者もいるけど、神に近いこの街には少ないかもね」


だからみんな俺とは違う色をしているのか。

渡界者がこの街を選ばない理由が、何となく分かった気がした。


「……あなたは?」

「僕は天使だよ。だから、僕はゼウス様の宮殿に近いセレスティアに住んでるんだ」


白い髪は、光を吸って眩しいほどに輝いていた。きらりと俺の胸までもくすぐる。


「さっきおじいさんに怒鳴られてたのに、天使なんだ」


俺がそう口にすると、白い人は途端に顔を真っ赤にして口を尖らせた。


「あれはちょっとした出来心というか……あのリンゴの木は特別に管理されてて、勝手に採っちゃだめなんだよ!」


ようやく状況を理解した。

白い人は天使という存在でありながら、穏やかな休日に"勝手に"リンゴ狩りをしていたため怒られたのだ。

そして、その共犯者として、俺も巻き込まれた、と。


「勝手に採って来ちゃったけど大丈夫なのか?」

「大丈夫!僕、何回もあのりんご採ってるから!」


白い人は再び笑った。

その無邪気な笑顔は、怒られたことも禁忌を犯したことも全く気にしていないようだった。

無垢な笑顔が、俺の胸の奥に残っていた硬い何かを溶かしていく。


また歩き出す。

西区への道を指差した瞬間、白い人の背中が一瞬、太陽に透けた。


あれは……

背中の上部、白い軍服の下に、何かの膨らみ。

それは、翼のような形に見えたが、すぐに衣服に隠れて見えなくなった。


「さあ、早く行かないと日が暮れちゃうよ。アップルパイ、早く食べたいでしょ?」

「あ、ああ」


俺は、白い人の背中に見えた一瞬の影の後を追った。




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