14.未来
中央区に入る橋の前までは、 肩を並べて歩いた。
今日も俺に財布を渡したエリアに、昨日の分も含めたお礼をすると「昼に何を食べたか後で聞かせて」と、変わらない笑顔を向ける。本当に感謝してもしきれない。
どうにか、したい。と、強く財布を握りしめた。
エリアの左手を指した指先を見つめる。
しばらく歩いて橋を渡った先が、北区らしい。
やはり、この街は川で区が区切られているのか。
どこから流れてきている川なのだろう。
ぼうっと北区の方を見つめていると、中央区の方から8時を知らせる時計塔の鐘の音が、微かに耳に入り込んだ。
「やば!僕もう行くね!」
「いってらっしゃい、転けるなよ」
「トオルもね!」
「ありがと、いってきます」
駆け足で、こちらを振り向きながら橋を渡る姿と共に、「いってらっしゃい」の声が遠ざかる。
背中を見つめて、北区へと続く道へと向かった。
昨日よりも、ずっと足取りは軽い。
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言われた通り、そのまま真っ直ぐ、道を進んでいると、しばらくして真っ白なレンガ造りの橋が見えてきた。
西区と中央区にかかる赤レンガの橋とは違い、こけや劣化による欠けが一切ない。どこか現実感のない薄さに、唾を飲み込んだ。恐る恐る、足を進める。
朝一番、一面に広がる雪に足跡を着けるように、1歩ずつ進む。半分くらいまで来てから、後ろを振り返った。
何も、ない。
真っ白なレンガには、靴跡のひとつも、付いていなかった。なんだか、胸が小さく締め付けられる。
それも一瞬の事で、理由を考えるより前に、前を向いた。
ようやく北区に足を踏み入れる。
整備された石畳の道が、広く続いて、綺麗に手入れされた街路樹が、街全体に広がる白を彩っている。
一色で統一した街並みの異様さとは裏腹に、人の気配を多く感じて、辺りを見渡した。商店街などの店が連なった中央区とは違い、同じ形の建物が立ち並ぶ姿は、住宅街を想像させる。マンションなどの団地も目に付いた。
生活の色が、かなり濃いんだな。
大きな道に、脇道が何本も枝分かれしている。
とりあえず大きな道を進んでみようと、真っ直ぐ歩いた。
仕事に行くサラリーマン風の男、でもスーツは白い。
ランドセルのような、もっと薄いカバンを背負った子供たち。女の子はピンクだが、男の子は白。
いろんな人たちとすれ違う。
ずぅっと、歩いた先に大きな公園の入口が見えた。
遊具がある訳でもなく、季節の花が植えられた花畑や、大きな池があると、入口横の石碑に地図が刻まれている。
つい、立ち止まった。
しばらくみつめ、公園に足を踏み入れる。
遊歩道を囲む芝生は、どこか、最初の場所を彷彿させ、進む道は、相変わらず、白い。
ベンチに座る老人、犬を散歩させる人。
またいろんな人がいる。
ここで暮らすのは、きっと、
そんなに難しくない。
ふと、そう思った。
なぜそんなことを思ったのか分からない。
でも、きっとそうなんだ。
しばらく歩いてると、ピンク色の小さな花畑の真ん中で、老人の背中を支える青年の姿が目に入る。
白いロングコートを羽織った男。
エリアが着ていた軍服のような威圧感はなく、装飾も最小限で、街に溶け込む色をしている。
老人の体を労わるように、彼は笑った。
なぜか、その光景が、離れない。
銀色の留め具が、光で反射した。
思わず、目を細める。
男と、目が合った。
黒が混ざったような、灰色。
違う。
まるで、黒だったものに、白が溶けたような。
そんな色。
なんだか、自分を見ているような気がして、俺から目を逸らした。風で揺れた自分の髪は、変わらずに黒い。
それでも、なぜか、心が微かに揺れた。
頭を緩く振り、また歩き始める。
ようやく公園の中心に来たようで、先程よりも人が多い。
コテージのような建物があり、そこで食べ物を売ってるようだ。匂いに釣られそうになるが、お昼にするには、時間が早すぎる。
ぐるりと見渡して、地図とは違った掲示板が立っていることに気がついた。そっと近づいて、覗く。
いろんなイベントのチラシが貼ってある、街の掲示板のようだ。明るいポスターを順番に目を通して、ある一点で、止まった。
「渡界者 就労支援窓口のお知らせ」
思わず、声に出して見出しを読んでしまった。
声が緑に吸い込まれて消える。
どきりと、心臓が音を立てた。
『セレスティア北区では、渡界者の就労、及び生活支援サービスを行っています。
新しい人生を、セレスティアで過ごしてはいかがですか?
お気軽に窓口までお越しください。ご相談だけでも!』
窓口の場所も丁寧に書かれている。
他のポスターと違い、地味めな色で印刷されたポスター。
ずっと疑問だった。
1人で天界にたどり着いた渡界者が、どうやってここで暮らしているのか。このような支援サービスが、もしかしたら他の街でもしてくれているのかもしれない。
セレスティアは、それでも、渡界者の数は少ないようだけれど。
「行ってみようかな」
ズボンのポケットに突っ込んだ、エリアの財布を触る。
いつまでも頼ってばかりではいられない。
俺は、隣に沢山入っていた、同じ印刷をされたチラシを1枚貰う。目を凝らし、とりあえず公園を出ようと、目的地に近そうな出口を目指すことにした。




