11.憂慮
一度荷物を置きに帰った俺は、もう少しセレスティアの街並みを見て回ろうと、もう一度外に出てみることにした。
エリアの財布をまた握りしめる。
――わけにもいかないので、
玄関横のラックにかけてある小さなカバンを借りることにした。エリアの趣味だろうか、チャックには小さなペガサスのぬいぐるみキーホルダーが付けられている。
デフォルメされた青い瞳に、ふさりと白いたてがみ。
まだエリアの白い羽根は見たことは無いが、このぬいぐるみのように可愛い羽根を持っているのだろうか。
エリアに似ている、のだろうな。
カバンを肩にかけ、家を出た。
しっかり財布も入っている。
なんだか、さっきよりも軽い気がした。
先程の帰りで中央区の街並みは見て回ったので、家がある西区を回ってみようと、逆の道を選ぶ。
たまに横を荷台を引っ張った馬車が通っていく。
中央区に比べかなり田舎な雰囲気を感じるが、歩きやすさや温かさが体に優しく馴染む。いい所だ。
エリアの家以外にもぽつぽつと家が距離を保ちながら建っているが、やはり畑などの緑が目立つ。
詳しくは無いので、何を育ててるのかは分からない。
もしかしたら、今日食べた玉ねぎやピーマンはここで育てられているのかもしれないな。
軽かった足取りがいつの間にか重くなる。
だいぶ遠くまで来てしまったらしい。
野菜などが育てられていた畑はなくなり、果物が実る果樹園に囲まれていた。少しずつ日が落ちる。
西区は特に変わったものはないんだなと踵を返し、また家までの長い道のりを歩こうと足が出る。
でも、それほど嫌でもない。
「おーい!」
踏み出した一歩目が、空気を蹴った。
振り返る。
誰もいない。
「おーい!そこの!」
前に向き直ったが、やはり誰もいない。
一体どこから?
それに、この声どこかで……
「そこの!そこの!黒い坊主!」
果樹園の中。
白い髭を蓄えたおじいさんが近づいてくる。
ノシノシと歩く様子に、あっ、と思わず声をもらした。
あのおじいさんだ……!
「そう!お前だよ!黒いの!」
ヘイヴン・クロスにて、禁忌を犯した俺たちを怒鳴りつけ追いかけてきた、あのおじいさん。
昨日、丘を駆け下りた俺の足は、地面に縫い付けられたかのように一歩も動かない。
慌てる中、彼はどんどん距離を詰める。
捕まったらどうなってしまうんだ。
ここに、いられなくなってしまったら?
途端に呼吸が浅くなる。
でも、何も出来ずに棒のように立ち尽くした。
あと数歩、というところでようやく、じりりと砂利を引きずる。
それ以上、動かない。
「腹は」
「……え?」
俺の目の前で、老人は足を止めた。
予期せぬ言葉に、口をぽかりと開け、彼を見つめる。
ラッパ堂の店主とは違う。
しわが濃く刻まれている顔は、特に眉間に目が行くし。
白い髭を蓄えて、年老いているのに、背筋はピンと真っ直ぐで…
また、眉間にしわを寄せた。
「……腹は、痛くなってねぇか」
意味が分からず、言葉が喉で引っかかる。
「……大丈夫、です、」
白い髭の奥で、彼は小さく息を吐いたように見えた。
絶妙な空気が漂う。
遠くの方で、子鳥のさえずりが聞こえる。
「……あいつに拾われたのか」
「えっと、エリア……のことですかね」
短く肯定する言葉が続く。
それ以上何も言わないので、渋々口を開いた。
「……一緒に、暮らしてます」
「そうか」
そう言って、踵を返す。
広い、背中だ。
「災難だな」
はっ、と、息が零れる。
背中が寒くなる。
あまりの冷たさに、何を言われたのかが理解できなかった。ゆっくりと戻っていく老人をひたすら見つめてると、徐々に何を言われたのか、理解する。
途端、かあっと血が登った。
引きずるだけで動かなかった足を、大きく音を立てながら数歩動かす。
思いっきり、息を吸った。
「エリアは!とっても優しいですよ!」
久しぶりに、心の底から大声を出した。
「エリアは!いい奴です!」
久しぶりに、人のために怒った。
老人がピタリと足を止める。
だが、振り返りはしなかった。
また、沈黙が流れる。
優しく吹いた風が、俺の髪をなびかせ背中を押したが、老人の言葉で踏みとどまった。
「そうだろうな」
小さかったが、確かにそう聞こえた。
なんだか、とても、それは温かい言葉に聞こえて、急に怒りがおさまる。
しばらくして彼の背中は見えなくなった。
あの人は、苦手だ。
向けられた言葉の意味も、考えられなかった。
とても良くしてくれて、居場所を分けてくれたエリアが、俺にとって災難なわけない。
しばらくはこちら側に来ないようにしよう。
ぐっと手に力を入れると、帰路を急いだ。




