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10.世評



「もう行かなきゃなんだけど、トオルはどうする?」


噴水がある広場まで来ると、時計塔を見てエリアは呟いた。しばらく返事を悩んだあと、周りの賑やかさに触れてみようと視線を送る。


「じゃあお小遣いをあげようね」

「いらないよ」

「服とか必需品とかあるでしょ、買いな」

「……ほんとに、何からなにまで」

「いいの、僕、お金には困ってないから」


そう言ってカバンから財布を取り出すと、そのまま俺に渡した。生地の厚みに驚き、思わず押し返す。

お小遣いというより、もはや、全財産が入ってるのではないか。そんなものを俺に軽々しく渡すなんていくらエリアでも……


「2人で買い物行ってもどうせ払うのは、僕だよ」

「うっ」

「好みもあるだろうし、ゆっくり見てきな」

「……分かった、ごめん」

「謝るの禁止」


申し訳なさで縮こまりながら、財布を握りしめる。

小さいのに、今の俺にはとても大きくて、重い。

エリアは本当に気にしてないのか、服が買えそうな場所などを指をさしながら教えてくれる。

全てを頼りっきりになってしまっている現状に、肩を落とす。これじゃ、ダメだ。

曖昧に相槌を打つと、エリアはもう行くねと笑顔で手を振った。


「帰り遅いからご飯は適当に食べちゃいな」

「分かった、仕事頑張って」

「ありがとう、いってきます!」


くるりとマントが舞う。

その様子に、また、なんの仕事をしているのかを聞きそびれてしまったことに気がつく。

まぁ、あとで聞けばいいか。

時間はたっぷりあるのだから。

一切の汚れがない白い背中を見送る。噴水が俺たちの距離を離した。


さて、と。

しばらくエリアの背中を見つめたあと、財布を握りしめようやく足を動かした。

指をさして教えてくれた店にとりあえず入ってみよう。

白の中に黒が混ざり、なんだか居心地が悪いような気がする。だが、それもすぐに杞憂だったと気がつくだろう。

とにかく、まずは慣れるしかない。


軽快な音楽が鳴り響く店内に、現世の服屋との違いはないんだなと、ハンガーにかけられた沢山の服の間を歩く。

値段の表記も日本円に近いようで、円マークが別の表記に変わっているだけだ。なんとなく、こっちの方が好き。


寝巻きはエリアの大きいサイズのものを借りてしまったし、トップスとズボンと、靴下と……

さっきは財布の重みに渋ったが、今買わないと変に気を使わせてしまいそうで、最低限のものをカゴへと入れる。

なにかエリアに、してあげられないかなと、ぽそりと零した。


「聞いた?最近、また動いたらしいわよ」

「え、あの人?」

「そう。詳しいことは知らないけどね」

「ほんと、不思議よね。いるだけで街が静かになるんだもの」


向かい側でなにかの噂話が聞こえる。

商品棚に隠れて顔は見えないが、2人の女性の声がやけに大きく耳に入った。

思わず特に好みでもない色のシャツを手に取る。


「騒ぎが起こる前に、もう終わってたって話よ」

「凄いわねぇ…でもそれで、ここが守られてるんだから、安心よね」


聞き取れたのは、そこまでだった。

どこかへ移動してしまったらしい。

シャツを元の場所に戻した俺は、もういいかとレジへと向かった。


最低限とは言っても、やはり相当な金額がレジに表記されたため重たい息が落ちる。なれない天界のお札を何枚か出すが、誰だか分からない髭を蓄えた老人が印刷されていて、やはり対して変わらないなと、お釣りで返ってきたコインをしまった。

渡されたレシートを一瞬ぐしゃりと握りしめようと指先が動く。だが、すんでのところで止まり、綺麗なまま財布に入れた。あぶない。


歯ブラシは買い貯めしていたものを使わせて貰ってるし、髭剃りは…


店の外に出ると優しい風が肌を撫でた。

そういえば、と顎を触る。

現世にいる時は眠い目を擦り、流れ作業のようにしていたはずなのに、全く生えていない。

頭を一瞬ひねるが、すぐに、そうかと声をこぼした。


今の俺は『魂』だけの『存在』なんだ。


身体から離れて、俺の時間はそこで止まったということか。便利だし金もかからなくていいな。

ショッパーに入れてもらった服の重みに手のひらが痛くなる。ガサッと音を立て、持ち直した。

とりあえず荷物を置きに帰って、その後のことは、また考えよう。と、帰路に足を運ばせる。


なんだか、さっきより人の視線が少なくなったような気がする。エリアがいなくなっただけで、街はうんと広がったようだ。もう、黒色の自分を気にする必要はない。

そう、思おうとした。




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