第三章:龍の帰還
2010年、秋。
その日は、来た。
尖閣諸島沖で、中国漁船が、日本の、海上保安庁の、巡視船に、衝突する、という事件が発生した。
日本政府は、中国人の、船長を、逮捕した。
それに対する、中国政府の、報復は、迅速で、そして、苛烈だった。
彼らは、レアアースの、対日輸出を、全面的に、停止したのだ。
日本の、産業界は、絶叫した。株価は、暴落し、工場の、生産ラインは、停止の、危機に、瀕した。
まさに、国家的な、危機。
その、絶望的な、状況の、中で。
東京の、あの、窓のない部屋の、暗号化された、一本の、電話が、鳴った。
義成からだった。
「…僕だ」
その声は、以前よりも、低く、そして、重くなっていた。
「…青木君か!どう動く?」
佐藤は、逸る心を抑え、尋ねた。
「動くのは、僕じゃない。市場だ。そして、欲望だ」
義成の声は、驚くほど、冷静だった。「佐藤さん、あなたにしてほしいことは、一つだけ。国家予算から、巨額の資金を、僕が指定する、海外の、クリーンな投資ファンドに、注入してほしい。名目は、何でもいい。環境技術開発への、助成金、といったところか」
「…それが、何を意味するか、わかっているのか?」
「ええ。後は、僕の、やり方で、やらせてもらう。国は、一切、口を、出すな」
「…わかった。すべて、君に、任せる」
佐藤は、即決した。もはや、彼に、賭けるしか、道は、なかった。
義成は、動いた。
彼は、この数年間、闇の中で、さらにその関係を、強固なものにしていた、李霃帘に、連絡を取った。彼女は、この間老いた王書記の、失脚という、最大の、危機を、乗り越え、逆に、その、混乱を、利用して、党内で、さらに、したたかに、その、地位を、固めていた。
「ディアオリェン。ビジネスの、時間だ」
義成の、その声を聞いた、李霃帘の、心は、歓喜に、打ち震えた。彼女は、この、時が来ることを、彼と共に、待ち続けていたのだ。
「ええ、喜んで、私の、龍。あなたのためなら、国だって、売るわ」
二人の、共謀は、完璧だった。
義成は、日本の、国家予算を、原資とする、巨額の、資金を、彼が、過去に、築き上げた、世界中の、ペーパーカンパニーと、タックスヘイブンを、経由させ、完全に、洗浄した。
そして、その、クリーンな、金で、李霃帘が、横流しする、最高品質の、レアアースを、第三国の、ダミー会社の名義で、買い付けた。
商品は、シンガポールや、マレーシアの港で、船から船へと、積み替えられ、その、原産地を、偽装された。
そして、日本の、港へと、密かに、運び込まれていった。
それは、国家と、国家の、制裁合戦を、嘲笑うかのような、鮮やかな、アンダーグラウンドの、経済活動だった。
「上有政策、下有対策(上に政策あれば、下に対策あり)」。
中国という、国の、システムを、知り尽くした、義成だからこそ、可能な、離れ業だった。
日本の、産業界は、息を、吹き返した。
どこからともなく、現れた、謎の、供給ルートによって、最悪の、事態は、回避された。
そして、その、裏側で。
義成と、李霃帘の、口座には、常人の、想像を、絶するほどの、莫大な、利益が、流れ込んでいた。
彼は、日本の、危機を、救った、英雄であると、同時に、その、危機を、利用して、巨万の、富を、築き上げた、悪魔でも、あった。
彼は、もはや、光でも、闇でもない。
その、両方を、内包し、そして、超越した、存在へと、変貌していた。
その、数週間後。
李霃帘から、義成に、一本の、電話が、入った。
「義成、あなたに、会いたい、という人が、いるわ」
「誰だ?」
「私の、新しい、ボスよ。王書記の後を継ぎ、この河北省を、そして、それ以上のものを、支配しようとしている、男。彼が、あなたと、直接、話を、したい、と、仰っている」
義成は、ついに、その時が、来たと、悟った。
中国共産党という、巨大な、怪物の、より、若く、より、貪欲な、心臓部へと、足を踏み入れる、時が。




