第十五章:龍の聖戦(中)― 国家の奔流 第二章:奔流の予感
“政は、其の在位に在らずして、其の帰する所に在り”
(政治の要諦は、その地位にいることではなく、その地位を去った後に、何が残るかにある)
– 新渡戸稲造『武士道』 (意訳)
第二章:奔流の予感
義成が、肉体の傷を癒し、再び、闇の世界で、その爪を研ぎ澄ましていた、2006年から、2010年にかけて。
世界は、そして、日中関係は、激しく、その様相を、変え続けていた。
2008年、北京オリンピック。中国は、その、圧倒的な、国力を、世界中に、見せつけた。だが、その、華やかな、祭典の、裏側では、チベットでの、大規模な、抗議デモが、武力で、鎮圧されていた。
同年、リーマン・ショック。アメリカ発の、金融危機は、世界経済を、根底から、揺るがした。その中で、唯一、中国だけが、巨額の、財政出動で、V字回復を、遂げ、世界の、経済における、その、存在感を、決定的なものとした。
「世界の工場」から、「世界の市場」へ。そして、「世界の覇者」へ。
眠れる龍は、完全に、目を覚まし、その、巨大な、体を、世界中に、広げ始めていた。
日本の、政権は、目まぐるしく、変わっていた。自民党の、長期政権が、終わりを告げ、民主党が、政権の座に、ついた。
だが、経験の浅い、新政権は、この、巨大化する、隣国との、距離感を、計りかねていた。
日中の、経済的な、結びつきは、もはや、切っても、切れない、レベルにまで、達していた。だが、その、水面下では、領土問題、歴史認識問題といった、いくつもの、火種が、燻り続けていた。
共産党は、その、火種を、巧みに、利用した。
彼らは、国民の、不満が、国内の、格差や、汚職に、向かいそうになると、巧みに、「反日」という、カードを、切った。
大規模な、反日デモが、中国の、主要都市で、吹き荒れた。日の丸が、燃やされ、日系企業が、襲撃され、日本車が、ひっくり返された。それは、もはや、統制の取れていない、暴動ですらあった。
だが、その、背後には、常に、党の、冷徹な、計算があった。それは、国内の、不満の、ガス抜きであり、同時に、日本政府に対する、強力な、外交的、圧力だった。
佐藤は、東京の、あの、窓のない部屋で、この、激動の、奔流を、注視していた。
彼は、わかっていた。この、流れの先に、何が、待ち受けているのかを。
経済的な、相互依存が、深まれば、深まるほど、相手の「弱点」を、的確に、突くことができるようになる。
そして、中国が、その、最大の「弱点」として、狙いを定めているのが、日本の、ハイテク産業の、アキレス腱――「レアアース」であることを。
レアアース。それは、「産業のビタミン」と呼ばれる、特殊な、金属。ハイブリッドカーの、モーター、スマートフォンの、液晶パネル、最先端の、ミサイル兵器。その、すべてに、不可欠な、戦略物資。
そして、その、生産量の、90%以上を、中国が、独占していた。
それは、日本の、産業界の、喉元に、突きつけられた、見えない、刃だった。
佐藤は、義成という、最強のカードの、存在を、信じていた。だが、彼が、いつ、どう動くのか。それは、義成自身にしか、わからない。佐藤は、ただ、待つしかなかった。龍が、再び、天に、昇る、その時を。




