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龍の傳人―光と闇の羅針盤(青木家サーガ第3作)  作者: 光闇居士


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2. 溶けたるつぼの記憶

質問を耳にした瞬間、義成の意識は、面接室の冷たい空気から解き放たれ、時を遡る。


【2000年12月31日、ニューヨーク】

凍てつくような寒さにもかかわらず、タイムズスクエアは、世界中から集まった人々の熱気で沸騰していた。カウントダウンを待つ数十万人の群衆。様々な言語が飛び交い、肌の色も、髪の色も違う人々が、同じ興奮と期待を分かち合っている。義成は、その巨大なエネルギーの渦の中心にいた。アイオワののどかな田園風景とはまるで違う、世界の中心。自由と希望、そして富の象徴。

空に向かって伸びる広告のネオンが、雪のちらつく夜空を昼間のように照らし出す。その光の洪水の中で、ひときわ目立ち、しかし圧倒的な存在感を放って夜空に聳え立っていたのが、世界貿易センター(WTC)のツインタワーだった。

「すごいな…」

義成は、その光景を見上げ、思わず呟いた。まるで、人間の野心と繁栄そのものが、具現化したかのような二本の巨塔。それは、この国の力と、何者にも揺るぐことのない自信を、雄弁に物語っていた。彼は、自由の女神像を訪れ、国連本部の前を歩いた。人種の坩堝るつぼ。自由と民主主義の理念が、この国を形成している。かつて、ビザを拒否された悔しささえも、この圧倒的な現実の前では小さな感傷に思えた。いつか、必ず自分の力でこの国の土を踏み、その中枢で生きてやる。彼の野心は、ニューヨークの摩天楼のように、天を衝くほどに高まっていた。

新年を迎えるカウントダウンが始まり、群衆のボルテージは最高潮に達する。「Ten, Nine, Eight…」義成も、周りの見知らぬ人々と肩を組み、声を張り上げた。「…Three, Two, One! Happy New Year!!」

巨大なクリスタルボールが降下し、色とりどりの紙吹雪が夜空を舞う。抱き合い、キスを交わし、涙を流して新年を祝う人々。その幸福感に満ちた光景は、義成にとって、アメリカという国の理想そのものに見えた。ここは、努力すれば誰もが夢を掴める場所なのだ、と。


【2001年9月11日、アイオワ】

アイオワの空は、その日も、どこまでも青く、穏やかだった。

義成は、大学寮の共有ルームで、朝のニュースを見ながら、授業の準備をしていた。トウモロコシ畑が広がる中西部ののどかな朝。ニューヨークの喧騒など、まるで別世界の出来事のようだった。

その時だった。

突然、ニュースキャスターの表情が凍りつき、番組が中断された。画面が、ニューヨークのマンハッタン上空からの映像に切り替わる。

WTCの北棟から、黒い煙が立ち上っていた。

「…小型飛行機が衝突した模様です」

最初は、誰もが悲劇的な事故だと思っていた。ルームメイトのアメリカ人学生たちも、「Oh my God…」と呟きながら、画面を食い入るように見つめている。

だが、その数分後。

もう一機の旅客機が、まるで吸い込まれるように、南棟へと突っ込んでいった。画面の中で、巨大なオレンジ色の炎が爆発的に広がる。

「!!!!」

ドミトリーは、悲鳴と絶叫、そして罵詈雑言に包まれた。

「This is an attack!」「Terrorists!」

それは、事故ではなかった。紛れもない、アメリカ本土への攻撃だった。

義成は、声も出せずに立ち尽くしていた。信じられない光景だった。あの、神々しいまでに聳え立っていたはずの巨塔が、今、目の前で地獄の業火に焼かれている。

そして、悪夢は終わらない。

やがて、南棟が、まるで砂の城のように、轟音と共に垂直に崩れ落ちていった。続けて、北棟も。昨日までそこにあったはずの、世界の経済を象徴する巨大な建造物が、粉塵となってマンハッタンの空に消えた。

憧れだったアメリカ。自由と繁栄の象徴。その脆さを、義成はまざまざと見せつけられた。テレビからは、ペンタゴンへの攻撃、ユナイテッド93便の墜落といった情報が次々と流れ込み、アメリカ中が、いや、世界中がパニックと恐怖に支配されていく。

その日を境に、アメリカの空気は一変した。

陽気で開放的だった人々の顔からは笑顔が消え、誰もが疑心暗鬼に陥った。特に、中東系やアジア系の外国人に対する視線は、あからさまに厳しく、そして冷たくなった。「愛国」の名の下に、異質なものを排除しようとする、不寛容な空気が国全体を覆い尽くしていく。

義成は悟った。

この国が掲げる「自由」は、絶対的なものではなかった。それは、圧倒的な軍事力と経済力に支えられた、危ういバランスの上に成り立つ幻想だったのだ、と。そして、そのバランスが崩れた時、人々がいかに簡単に憎悪の虜になり、内向きになっていくか。

自分の居場所は、ここではない。

中国人として生まれ、日本人として育ち、そのどちらにもなりきれない自分のような人間が、このヒステリックな「愛国」の嵐の中で、安穏と生きていくことなどできはしない。

かつてあれほど焦がれたアメリカへの憧れは、WTCの粉塵と共に、跡形もなく消え去っていた。守るべきものがある。自分を信じ、待ち続けてくれている家族が。自分の帰るべき場所は、あの古いアパートが待つ、日本なのだ。

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