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9. 龍の涙
すべての作戦が完了した、との祖苑からの暗号通信を受け取った、その時。
義成は一人、ウォルドーフ・アストリアのスイートルームで、夜明けの上海の街を見下ろしていた。
彼の、その、冷たい、怪物の瞳から、一筋の、熱いものが、静かに、流れ落ちた。
それは、彼が、李殷を失って以来、初めて、流した、涙だったのかもしれない。
悲しみの涙ではない。
安堵の涙でも、喜びの涙でもない。
それは、自分の中に、まだ、人の、心と、そして、一人の人間を、救いたいと願う、純粋な「憐憫」の情が、残っていたことへの、自分自身に対する、驚きの、涙だった。
彼は、怪物になった。
だが、その、怪物の、心の、一番、奥深い場所には、まだ、かつての、張義成の、魂が、か細く、しかし、確かに、息づいていたのだ。
彼は、その、小さな、光を、決して、消してはならないと、固く、心に誓った。
龍は、天を欺き、一人の、命を、救った。
だが、それは、彼の、長く、そして、果てしない、戦いの、ほんの、序章にすぎなかった。
本当の、巨大な敵は、まだ、その、恐ろしい、正体を、現してはいない。
彼の、魂の、羅針盤は、次なる、戦場を、指し示し始めていた。




