8. 二人の「紅」
二台の、救急車は、それぞれ、別の方向へと、走り去った。
偽の「紅」を乗せた、義成の車は、市内の、最高級の、外資系病院へと、向かった。彼女は、そこで、手厚い治療を受け、そして、数日後、癌で、「死亡」した、と、公式に、記録されることになる。
一方、本物の、紅を乗せた、もう一台の車は、上海の、港へと、向かっていた。
そこには、祖苑が手配した、一隻の、高速貨物船が、待機していた。船籍は、パナマ。船長は、金のためなら、何でもやる、ギリシャ人だ。
紅は、その船の、医務室に、密かに、匿われた。
船は、夜の闇に紛れて、静かに、上海港を、出港した。
目的地は、公海。そして、その先の、自由な世界。
数時間後。
香港の、ビクトリア・ハーバー。
一隻の、小さな、プレジャーボートが、沖合で待機していた、その、パナマ船籍の、貨物船に、近づいていく。
ボートに乗っていたのは、林祖苑、ただ一人。
彼女は、衰弱しきった、紅の身柄を、受け取ると、誰にも知られることなく、香港の、丘の上に立つ、自らの、セーフハウスへと、運び込んだ。
そこで、紅は、献身的な、治療と、看護を受けることになる。そして、完全に、体力が回復した後、偽造された、まったく別人のパスポートで、第三国へへと、亡命するのだ。
オペレーション・“金蟬脱殻”。
それは、完璧に、成功した。
国家という、巨大なシステムを、欺き、その、網の目を、すり抜けた、奇蹟の、救出劇だった。




