第三部:龍、天を欺く 7. 奇蹟の、十分間
作戦決行の夜。上海の空には、厚い雲が垂れ込め、星一つ、見えなかった。
提籃橋刑務所の、特別医療棟。
「日中友好医療交流団」の、医師に扮した義成と、看護師に扮した王麗紅は、「紅」の、病室の前にいた。
中では、偽の「紅」が、麗紅の施術により、本物の、多発性硬化症患者のように、ベッドの上で、苦しげに、喘いでいる。
義成は、腕時計を見た。午後十一時、五十分。
すべては、これから、始まる、奇蹟の、十分間に、かかっていた。
同時刻。
刑務所の、まったく別の、厳重警備棟。
そこに、本物の、紅は、収監されていた。彼女は、長年の、過酷な拷問により、心身ともに、衰弱しきっていた。
その、彼女の、独房の扉が、音もなく、開かれた。
現れたのは、看守の制服を着た、二人の、屈強な男。彼らは、祖苑が、金で雇った、プロの、傭兵だった。彼らは、鳴風が、事前に、意図的に作り出した、警備の、ほんの僅かな隙を突いて、内部への、侵入に、成功していたのだ。
彼らは、衰弱した紅を、担ぎ上げると、音もなく、闇の中へと、消えていった。
鳴風が、システムの電源を落とした、西側の、塀へ。
そこには、一台の、偽装された、救急車が、待機していた。
一方、特別医療棟。
午後十一時五十五分。
「患者の、容態が、急変した!緊急搬送が必要だ!」
義成が、医師として、叫んだ。
病室に、担架が運び込まれ、偽の「紅」が、それに乗せられる。
彼らが、病室を出た、その瞬間。
義成は、病室の、ベッドのシーツの下に、仕込んでおいた、小さな、発火装置の、スイッチを、押した。
シーツが、激しい煙と共に、燃え上がる。
「火事だーっ!!」
けたたましい、火災報知器の、ベルが、鳴り響く。
刑務所内は、一瞬にして、大パニックに、陥った。看守たちが、消火活動と、囚人たちの、暴動鎮圧に、右往左往する。
その、完璧な、混乱の、中で。
義成と、麗紅、そして、偽の「紅」を乗せた担架は、誰にも、怪しまれることなく、刑務所の、正面ゲートから、堂々と、出ていった。
待機させていた、もう一台の、救急車に、乗り込む。
その、すべてが、わずか、十分間の、出来事だった。




