第二章 龍の飛躍 1. 氷河期の面接室
“路漫漫其修遠兮,吾将上下而求索。”
(道は遠く険しい、だが私は天にも地にも答えを求め、進み続ける)
– 屈原『離騒』
1. 氷河期の面接室
2001年、冬。
東京の空は、分厚い鉛色の雲に覆われ、氷のように冷たい雨がオフィス街のアスファルトを執拗に叩いていた。街全体が、失われた十年という長いトンネルの出口を見つけられず、不況という名の湿ったコートを重々しく羽織っている。世に言う「就職氷河期」の真っ只中。それは、学生たちの夢や希望を容赦なく凍てつかせる、厳しい時代の呼称だった。
西新宿の高層ビルの一室。国内大手クラスの広告代理店の、その無機質な会議室は、学生たちの緊張と焦燥で飽和状態にあった。同じようなリクルートスーツに身を包んだ男女が、判で押したように強張った表情で、人生を左右するであろう査定の時を待っている。
その中で、張義成は異質なほど落ち着いていた。
彼は、窓の外で雨に濡れるビル群を、どこか遠い景色を眺めるような瞳で静かに見つめている。他の学生のように、手元の資料を何度も見返したり、想定問答を小声で繰り返したりすることもない。ただ、静かに、深く呼吸をしながら、自らの内なる嵐を鎮めているかのようだった。
やがて名前が呼ばれ、彼は静かに立ち上がると、一礼して面接室の重いドアを開けた。
部屋の中には、三人の男が座っていた。いずれも四十代から五十代だろうか。厳しい選考を勝ち抜いてきた百戦錬磨の猛者たちが放つ、鋭い眼光がナイフのように義成に突き刺さる。中央に座る人事部長らしき男が、手元の履歴書と目の前の青年を値踏みするように見比べ、興味深そうに口を開いた。
「張義成君。面白い経歴だね。中国で生まれ、日本で育ち、アメリカの大学に交換留学。日本語、北京語、英語がネイティブレベル。高校時代にはイギリスの大学からも合格通知をもらっている…。しかし、最終的に日本の大学を卒業し、我々のようなドメスティックな企業を志望している。君ほどの語学力があれば、外資系の投資銀行やコンサルティングファームも余裕だったろうに。なぜ、うちなんだ?」
その問いは、明らかに彼の本質を探ろうとする、意地の悪いジャブだった。
義成は、動じなかった。彼はゆっくりと面接官たちの顔を見渡し、そして、まるで長年考え抜いてきた哲学を語るかのように、静かで、しかし揺るぎない口調で話し始めた。
「私が物心ついた時から見てきた世界は、常に『変化』の連続でした。生まれ故郷の中国は、私が日本に来てからの十二年間で、世界の工場と呼ばれるまでになりました。私が育った日本は、バブルの頂点から坂を転げ落ち、今も先の見えない不況に喘いでいます。そして、私が憧れ、一年間を過ごしたアメリカは…」
そこで、義成は一瞬、言葉を切った。彼の脳裏に、あの日の光景が鮮烈に蘇る。青く澄み渡っていたはずの、九月の空を覆い尽くした黒い煙と、人々の絶叫。
「…アメリカは、たった一日の、ほんの数時間で、その無敵の神話を失いました。私がこの目で見た、あの摩天楼と共に」
面接室に、沈黙が落ちる。
義成の言葉には、新卒の学生がマニュアル通りに用意してきたような軽薄さが一切なかった。そこにあるのは、時代の大きなうねりの中心に立ち、その変化を自らの肌で感じ、そして深く思考してきた者だけが持つことのできる、重い実感だった。面接官たちは、目の前の若者が、単なる「優秀な学生」ではないことを、この時点で悟り始めていた。
「私が御社を志望したのは、広告という仕事が、その『変化』の最も敏感な最前線にあると考えるからです。人々の価値観がどう変わり、社会がどこへ向かおうとしているのか。その空気、欲望、そして不安をいち早く掴み取り、言葉や映像という形にして世に問う。それは、どんな評論家や学者の分析よりも、リアルな時代そのものを動かす力を持っていると信じています」
彼は続けた。
「外資系の企業が扱うのは、主に『数字』です。しかし、御社が扱うのは『人の心』だと理解しています。激動の時代だからこそ、私は数字の奴隷になるのではなく、人の心を動かす仕事がしたい。そして、私がこれまでの人生で培ってきた、どの国にも染まりきらない、この多角的な視点こそが、これからの御社のビジネスに必ず貢献できると確信しています」
淡々と、しかし熱を帯びたその口調。二十三歳の青年が語るには、あまりにも達観し、完成されすぎている。だが、その瞳の奥には、飼いならされることを拒む、野生の獣のような鋭い光が宿っていた。
人事部長は、腕を組み、面白そうに口の端を上げた。
「なるほど…。では、君が憧れていたというアメリカについて、もう少し聞かせてもらおうか。君は、あの九月十一日に、何を見て、何を感じ、そしてなぜ直ちに日本に帰ることを選んだんだ?」
それは、彼の魂の最も柔らかな部分に触れる、決定的な質問だった。




