第三部:龍、女帝を懐柔する 4. 雨の夜の貸し借り
4. 雨の夜の貸し借り
その夜。石家荘市内の、隠れ家のような、高級料亭の、個室。
ずぶ濡れになった服を着替え、チャイナドレス姿になった李霃帘と、同じく、乾いたシャツに着替えた義成が、二人きりで、向かい合っていた。
昼間の騒動は、党のメンツを守るため、すべて「不慮の火災事故」として、処理された。そしてその火種だったはずの義成は外国投資家という堂々とした建前も本音もなんの支障もない立場で、一切の咎めが生じない。結果、監察チームは、何の成果も上げられず、すごすごと、北京へ引き上げていった。
李霃帘は、命拾いをしたのだ。この、目の前の、若い日本人の、おかげで。
「…借りが、できてしまったわね、青木社長」
彼女は、最高級の茅台酒を、自らの手で、義成のグラスに注ぎながら、静かに言った。
「いいえ。あれは、僕の、プレゼンテーションの、一環ですよ」
義成は、微笑んだ。「僕の会社の強みは、スピードと、『柔軟性』だと、申し上げたはずです。あれで、ご理解いただけたかと」
その、あまりにも、スマートな切り返しに、李霃帘は、思わず、声を立てて、笑った。彼女が、心の底から笑うのを、義成は、初めて見た。
「…ふふ、あはは!あなたって、本当に、面白い人ね!気に入ったわ!私の、負けよ」
彼女は、グラスの酒を、一気に飲み干した。
「単刀直入に、聞くわ。あなた、一体、何が目的なの?ただの、投資家じゃないことくらい、わかっているわよ」
「目的は、一つだけです」
義成は、彼女の目を、まっすぐに見つめた。「あなたと、ビジネスがしたい。それも、表の、クリーンなビジネスだけじゃない。あなたの、その、美しい手が、少しだけ、汚れている、裏のビジネスも、ね」
その、大胆不敵な言葉。
李霃帘の瞳が、再び、鋭い光を宿した。
「…どこまで、知っているの?」
「あなたの、海外への、お悩み。僕が、解決できますよ」
義成は、悪魔の囁きのように、言った。「僕には、世界中に、安全で、絶対に追跡不可能な、資金洗浄のルートがある。あなたの、その、大切なお金を、スイスの、プライベートバンクに、そっくり、移して差し上げましょう。手数料は、頂きません。その代わり…」
彼は、言葉を区切った。
「僕を、あなたの、本当のパートナーとして、認めていただきたい」
李霃帘は、しばらくの間、黙って、義成の顔を、見つめていた。
彼女は、この男の、底知れなさを、計りかねていた。だが、同時に、この男となら、もっと、大きな、スリリングなゲームができる、という、抗いがたい予感に、打ち震えていた。
「…いいでしょう。あなたの、その、ふざけた提案、乗ってあげるわ」
彼女は、テーブルの上で、そっと、義成の手に、自分の手を、重ねた。
「その代わり、あなたも、私の、すべてに、ならなければ、だめよ」
その言葉の意味を、義成は、正確に、理解した。




