3. 奇策 ― 炎のプレゼンテーション
李霃帘は、一瞬、目の前の、この、若い日本人を、疑いの目で見た。だが、他に、選択肢はなかった。彼女は、藁にもすがる思いで、小さく、頷いた。
義成は、すぐに行動を開始した。
「書記の、オフィスのパソコンにある、すべての機密データを、今すぐ、このUSBメモリに跡を残さず、完全に移してしてください。五分で移せるはずだ!」
彼は、懐から取り出した、特殊なUSBメモリを、彼女の腹心の部下に渡した。それは、データを、超高速で、かつ、完全に暗号化してコピーしながらも元にある端末のデータを消却しながら、佐藤の組織から支給された、特別製のものだった。
「そして、日本の社長。あなた方は、何も知らずに、プレゼンを続けてください。僕が合図をするまで、決して、やめないで」
「え、ええ…」
「李書記。あなたは、僕の隣で、ただ、優雅に、微笑んでいればいい」
部下が、血相を変えて、USBメモリを持って戻ってきた。機密データの後始末はは、これで完了した。
その、直後だった。
監察チームの、リーダーである、厳つい顔の男を先頭に、十数人の係官たちが、土足で、会議室に、なだれ込んできた。
「李霃帘同志!中央規律検査委員会の者だ!党内の、重大な規律違反の疑いについて、調査させてもらう!」
リーダーの男は、令状を、これみよがしに、彼女の目の前に、突きつけた。
部屋の空気が、凍りつく。
だが、義成は、動じなかった。彼は、にこやかに、リーダーの男の前に、立ち塞がった。
「これは、これは、中央の先生方。大変、ご苦労様です。ですが、あいにく、我々は今、日本からの、大事なお客様と、国家の、未来を左右する、重要な商談の、真っ最中でしてね」
「何だと?貴様、何者だ!」
「私ですか?私は、青木と申します。日本の、投資家です」
義成は、そう言うと、信じられない行動に出た。
彼は、おもむろに、自分のタバコに、火をつけると、その火を、プレゼンテーションに使っていた、大量の企画書の束に、近づけたのだ。
「なっ…貴様、何を!」
係官たちが、慌てて、彼を、取り押さえようとする。
だが、その瞬間。
企画書の束は、一気に、燃え上がった。そして、義成は、その、燃え盛る書類の山の中に、例の、USBメモリを、そっと、李霃帘に見えるようにして、投げ入れた。
さらに、彼は、近くにあった、ウイスキーのボトルを手に取ると、その、燃え盛る炎の中に、ぶちまけた。
「ボッ!!!!」
炎は、爆発的に燃え上がり、会議室のスプリンクラーが、けたたましい警報音と共に、作動を開始した。
会議室は、一瞬にして、水浸しになった。
燃え盛る炎、鳴り響く警報、そして、スプリンクラーから降り注ぐ、豪雨のような水。
すべてが、混沌と、パニックに包まれた。
監察チームの連中は、ずぶ濡れになりながら、なすすべもなく、立ち尽くしている。証拠となるべき、パソコンも、書類も、すべてが、この水浸しで、使い物にならなくなった。そして、肝心のデータが入ったUSBメモリは、炎の中で、完全に、溶けて、消滅した。
完璧な、証拠隠滅。
その、地獄絵図のような、混乱の、中心で。
青木義成は、ずぶ濡れになりながら、その一部始終を黙って見守る李霃帘に向かって、静かに、ウインクしてみせた。
李霃帘は、その、あまりにも、奇抜で、大胆不敵な、彼の「奇策」に、ただ、呆然と、立ち尽くしていた。
彼女は、生まれて初めて、自分を超えるほどの、胆力と、知性を持った、男に、出会ったのだ。
その瞳には、もはや、彼への警戒心はなかった。あるのは、畏怖と、そして、抗いがたいほどの、強烈な、興味だけだった。




