第四部:兄妹という名の駒 5. 兄との対面
湛吟との関係は、順調に、そして深く、進んでいった。
そして、ついに、その時が来た。
「ねえ、青木さん。今度、私の兄に、会ってくれないかしら」
湛吟が、上目遣いに、彼にねだった。「兄さん、最近、私のことを、すごく心配していて…。私が、変な男に、騙されているんじゃないかって」
「もちろん、喜んで」
義成は、微笑んだ。すべては、計画通りだった。
対面の場所は、墨家の、上海郊外にある、瀟洒な一軒家だった。
義成は、そこで、初めて、墨鳴風と、対峙した。
三十代半ば、痩身で、神経質そうな、インテリ風の男。縁の細い眼鏡の奥の瞳は、鋭く、そして、人を信用しない、冷たい光を宿していた。
「…君が、妹の、青木さんか」
鳴風の、値踏みするような視線が、義成の、頭のてっぺんから、爪先までを、舐めるように、観察する。
「はい、青木義成と申します。湛吟さんとは、真剣に、お付き合いをさせていただいております」
義成は、完璧な、好青年を演じた。その日の、食事の間、二人の間では、見えない火花が、散っていた。
鳴風は、義成の、経歴、仕事、家族構成、そのすべてを、尋問のように、問い詰めた。
義成は、そのすべてに、淀みなく、そして、誠実に、答えた。佐藤と作り上げた、完璧な、偽りのプロフィール。
食事の終わり。鳴風は、義成に、こう言った。
「…君のことは、まだ、信用したわけではない。だが、妹が、これほど、幸せそうな顔をしているのは、久しぶりに見た。もし、君が、妹を、少しでも、悲しませるようなことがあれば…」
彼は、言葉を区切り、その、冷たい目で、義成を、射抜いた。
「私は、君を、決して、許さない」
それは、紛れもない、脅迫だった。
「ご安心ください。僕は、生涯をかけて、彼女を、幸せにすることを、誓います」 義成は、その脅迫を、正面から、受け止めた。
その夜。湛吟は、幸せそうに、義成の腕の中で、眠っていた。
義成は、その寝顔を見ながら、冷たく、そう、考えていた。
(許さない、か…)
面白い。
ならば、見せてやろう。お前の、その、大切で、純粋な妹を、俺が、どれほど、深く、そして、残酷に、愛することができるのかを。
お前が、築き上げた、その、偽りの正義の城壁を、俺が、内側から、どう崩していくのかを。
龍は、歪んでいた。
その歪みこそが、彼の、美しさであり、そして、恐ろしさだった。
彼は、愛を演じることで、憎しみを、手に入れようとしていた。
彼の、孤独で、壮絶な戦いは、まだ、始まったばかりだった。




