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第九章 龍の歪曲 第一部:肉体の神殿 1. 癒しの女神 ― 王麗紅(ワン・リーホン)

“Man is least himself when he talks in his own person. Give him a mask, and he will tell you the truth.”

(人は、自分自身の言葉で語る時、最も自分から遠ざかる。彼に仮面を与えよ、さすれば彼は真実を語るだろう)

– Oscar Wilde/オスカー・ワイルド

1. 癒しの女神 ― 王麗紅ワン・リーホン

2005年、上海。

魔都は、その輝きと欲望を、日に日に増大させていた。青木義成の名は、この街の、光と闇が交錯する社交界で、一種の伝説となりつつあった。日本の若き投資家、青木社長。金の使いっぷりは湯水のごとく、その周りには常に極上の美女たちが侍っている。彼の正体を知る者は、誰もいない。人々はただ、彼の放つ圧倒的なオーラと、その金の力にひれ伏し、彼が主催する夜ごとの宴に、蛾が光に吸い寄せられるように集まってきた。

義成は、上海での定宿を、外灘に聳え立つ最高級ホテル「ウォルドーフ・アストリア」の、プレジデンシャルスイートに決めていた。それは、彼の権威を象徴する舞台装置であり、同時に、彼の孤独な魂が、束の間の休息を得るための、要塞でもあった。

連夜の、酒と、女と、そして水面下での神経をすり減らす交渉。彼の肉体は、鋼のように鍛え上げられてはいたが、その疲労は、確実に蓄積していた。並の人間ならば、とうに心身の均衡を崩していただろう。彼が、その危ういバランスを保ち続けられたのは、彼女の存在があったからだ。

王麗紅ワン・リーホン

挿絵(By みてみん)

彼女は、ウォルドーフ・アストリアが、最上級の顧客(VVIP)のためだけに用意した、専属のプライベート・マッサージ師だった。二十代後半、その顔立ちは、派手さはないが、見る者に深い安らぎを与える、古典的な美しさを湛えている。そして、その指は、まるで魔法のように、人間の体のあらゆる凝りや痛みを、的確に見つけ出し、解きほぐしていくゴッドハンドとして、富裕層の間で密かに知られていた。

その夜も、義成は、スイートルームの広大なバスルームに併設された、プライベート・スパで、彼女の施術を受けていた。大理石の床に、アロマキャンドルの炎が揺らめき、フランキンセンスの神聖な香りが、空間を満たしている。

挿絵(By みてみん)

義成は、マッサージベッドに、うつ伏せで裸のまま横たわっていた。麗紅は、一枚の薄いシルクのシーツを彼の腰から下にかけているだけで、その鍛え上げられた背中や、しなやかな脚は、惜しげもなく晒されている。

「青木様、最近、また少し、お背中が張っておいでですわ」

麗紅の声は、囁くように柔らかく、それだけで人の心を鎮静させる効果があった。彼女は、温められた最高級のサンダルウッドオイルを、その小さな手のひらに取ると、まず、義成の背中に、ゆっくりと馴染ませていく。

挿絵(By みてみん)

彼女の指は、まるで生き物のように、彼の背骨に沿って、首筋から、肩甲骨、そして腰へと滑らかに動いていく。それは、単なるマッサージではなかった。彼の筋肉の一つ一つと、対話しているかのようだった。

挿絵(By みてみん)

「…右の肩甲骨の下。ここに、一番の疲れが溜まっています。何か、大きな決断を、なさいましたか?」

彼女の指が、ある一点を、深く、しかし優しく圧迫する。義成の体から、思わず、深い息が漏れた。彼女には、わかってしまうのだ。彼の体の声が、聞こえてしまうのだ。

挿絵(By みてみん)

「…少し、な」

「あまり、ご無理をなさっては、いけません。青木様のそのお体は、もはや、あなた様だけのものでは、ございませんのですから」

その言葉には、どこか母親のような、慈愛がこもっていた。

彼女の指は、やがて、彼の臀部へと移動する。そして、少しの躊躇もなく、その丸く引き締まった丘を、丁寧に揉み解していく。さらに、太腿の裏側、ふくらはぎへと、丹念にオイルを塗り込み、血流を促していく。それは、驚くほど、官能的な光景だった。だが、不思議なことに、そこに、いやらしさは微塵も感じられなかった。彼女の行為は、あまりにも神聖で、彼の肉体を、最高の状態に保つための、厳粛な儀式のように思えた。

挿絵(By みてみん)

一時間後。義成の体は、生まれ変わったかのように、軽く、しなやかになっていた。

「…ありがとう、麗紅。君は、いつも、僕を救ってくれる」

仰向けになった義成に、彼女は、新しいバスローブを優しくかけた。

「それが、私の仕事ですもの」

挿絵(By みてみん)

彼女は、微笑んだ。そして、不意に、真剣な眼差しで、義成を見つめた。

「青木様。あなたは、ご自分の『龍』を、酷使しすぎておいでですわ」

「龍…?」

「はい。殿方の、力の源となる、大切な龍でございます」

彼女の言葉は、直接的だったが、不思議と下品には聞こえなかった。

「連夜の、お勤め。お体へのご負担は、計り知れません。もし、このままでは、いずれ、その龍も、元気をなくしてしまいます。それでは、青木様の覇道にも、差し障りが出ましょう」

「…どうすればいい?」

「私に、お任せください。あなたの龍を、常に、天を衝く勢いに保つための、特別な『養生法』がございますの」

その夜、ベッドルームで、麗紅は、その「養生法」を、義成に施した。

彼女は、まず、自らの衣服を、静かに解いた。現れたのは、マッサージ師として完璧に鍛えられ、しかし、女性らしい柔らかな丸みを帯びた、美しい裸体だった。

彼女は、義成の裸の体の上に、そっと跨った。そして、先ほどとは違う、特別な調合のアロマオイルを、その手に取った。イランイラン、ジャスミン、そして、麝香じゃこう。男の原始的な本能を、根源から揺さぶり、覚醒させるための、禁断の媚薬。

彼女は、そのオイルを、自らの乳房や、腹部、そして太腿の内側に、丁寧に塗り込んだ。そして、その、オイルで滑らかになった自らの体全てを使って、義成の体を、愛撫し始めたのだ。

それは、もはやマッサージではなかった。肉体の神殿で行われる、豊穣の儀式だった。

彼女の、豊かな乳房が、彼の胸の上を、ゆっくりと滑る。彼女の、平らな腹部が、彼の腹筋に、吸い付くように密着する。

そして、彼女は、義成の、すでに熱く硬くなっている分身を、自らの、オイルで輝く太腿の間に、巧みに挟み込んだ。

「あっ…!」

義成の口から、驚愕と、快感の入り混じった声が漏れた。それは、彼がこれまで体験したことのない、異次元の感覚だった。まるで、最高級の、生きた絹の鞘に、包まれているかのようだ。

「青木様、力を、抜いて…すべて、私に、お預けくださいまし…」

麗紅は、彼の耳元で囁きながら、ゆっくりと、腰を前後させ始めた。彼女は、決して、彼を、自分の中には受け入れない。ただ、その、最も敏感な部分を、自らの柔らかな肌で、焦らし、嬲り、そして、活性化させていく。

それは、快感の、絶妙なコントロール。彼の性的なエネルギーを、ただ放出させるのではなく、その体内で、増幅させ、循環させ、そして、彼の生命力そのものへと、転化させていく、秘術だった。

義成の意識は、朦朧としてきた。彼は、もはや、自分が誰で、どこにいるのかさえ、わからなくなりかけていた。ただ、目の前の、この、癒しの女神の、献身的な奉仕に、その身を委ねるだけだった。

やがて、彼の肉体が、限界点に達した、その瞬間。

麗紅は、彼の分身を、自らの両手で、優しく包み込むと、その先端を、自らの口に含まんばかりに、近づけた。

「いけません、青木様。その、大切な『気』は、体外に出してはなりませぬ。すべて、ご自身の体の中に、お戻しなさい」

彼女は、そう言うと、彼の、会陰えいん――睾丸と肛門の間にある、気のツボ――を、指で、強く圧迫した。

「う、おおおおおおっ…!」

義成の体は、激しく痙攣した。絶頂の快感と共に、彼の性的エネルギーは、放出されることなく、彼の背骨を駆け上り、脳天を突き抜け、そして、再び、全身へと還流していく。

それは、射精を伴わない、純粋なエネルギーの昇華。道教の房中術にも通じる、究極の快楽と、健康法だった。

嵐が、過ぎ去った後。義成は、赤子のように、深く、穏やかな眠りに落ちていた。

麗紅は、その、無防備な寝顔に、慈愛に満ちた視線を送った。そして、その額に、そっと、母のようなキスを落とした。

「おやすみなさいませ、私の、傷ついた龍…」

彼女は、この若き支配者の、孤独を知っていた。そして、その孤独を癒せるのは、自分だけだと、確信していた。

その夜、彼女は、初めて、自らの意思で、義成の腕の中で、眠った。彼女は、彼の体を、ただ癒すだけではない。彼の、魂の、最後の砦となることを、心に誓ったのだ。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

麗紅聖母のような身体と魂


【しおの】


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