6. 壮大な罠(トラップ)
作戦は、壮大で、緻密だった。
義成の会社「AOKI GLOBAL LINKS」が、スイスの、超高級腕時計ブランドと提携し、上海の富裕層向けに、限定モデルを発表する、という、大規模なプロモーションイベントを企画した。会場は、外灘の、最も格式の高い、旧英国領事館の建物を、丸ごと貸し切った。
イベントの目玉は、単なる新製品発表会ではない。招待客限定の、チャリティー・ポーカー大会だった。そして、その大会の、主賓として、馬東を招待するのだ。
義成は、あらゆる人脈と、金の力を使って、馬東に、断ることのできない招待状を送った。彼の腹心である李課長を通じて、「このイベントの裏には、北京の、さらに上の人間が関わっている」という、偽の情報を流させた。権力に弱い小物の馬東は、その招待を、断れるはずがなかった。
イベント当日。
会場は、上海の、ありとあらゆるパワーエリートたちで、ごった返していた。政府高官、不動産王、IT企業の若きCEO。そして、彼らに寄り添う、モデルや女優たち。
その、華やかで、偽りに満ちた空間に、青木義成は、主催者として、君臨していた。完璧なタキシードに身を包み、その両脇には、黒いドレスの無宣と、白いドレスの小黎を、まるで二輪の花のように侍らせている。彼は、もはや、かつての日本の広告マンではない。この、魔都・上海の夜を、支配する、若き王だった。
やがて、主賓である馬東が、数人の部下を引き連れて、会場に姿を現した。五十代半ば、贅肉のついた体に、高級ブランドのスーツが、はち切れそうだ。その、小さな、爬虫類のような目が、いやらしく、会場全体を舐めるように見回している。
義成は、満面の笑みで、彼を出迎えた。
「馬局長!ようこそ、お越しくださいました!私、主催者の青木と申します。お噂は、かねがね…」
「うむ」
馬東は、尊大に頷いた。
その夜、義成は、馬東を、徹底的に、持ち上げた。彼を、VIPの中のVIPとして扱い、彼の退屈な自慢話を、心底感心したという表情で聞き、彼のグラスが、一瞬でも空になることのないように、気を配った。
そして、いよいよ、ポーカー大会が始まった。
それは、八百長だった。義成と、祖苑が手配したプロのディーラーが、巧みにカードを操作し、馬東が、勝ち続けるように仕向けたのだ。彼は、面白いように勝ち続け、大金を手にして、すっかり上機嫌になった。
大会が終わり、義成は、馬東を、奥のプライベートルームへと誘った。
「馬局長、お強いですな!完敗です!つきましては、お詫びと言っては何ですが、私から、ささやかなプレゼントを…」
義成が合図すると、部屋に、楊楊が入ってきた。彼女は、胸元が大きく開き、脚の付け根までスリットの入った、挑発的なチャイナドレスを着ていた。そして、その手には、ジュラルミンケースが、恭しく掲げられている。
ケースが開けられると、そこには、札束が、ぎっしりと詰まっていた。ポーカーの賞金とは、比べ物にならないほどの、大金。
馬東の、目の色が変わった。
「青木社長…これは、一体…」
「今後の、我々の友情の、証です」
義成は、微笑んだ。そして、楊楊に、目配せをした。楊楊は、馬東の体に、猫のようにすり寄り、その耳元で、甘く囁いた。
「局長様…今夜は、私に、もっと、色々なことを、教えてくださらない?」
馬東の理性は、完全に、吹き飛んだ。




