4. 堕落の階段
李課長という「駒」を手に入れた義成は、それを足掛かりに、まるでウイルスが細胞を侵食していくかのように、上海の権力構造の内部へと、深く、静かに、浸透していった。
彼は、香港の会社を拠点に、表向きは、日本の高品質なノベルティグッズを中国市場に卸す、というクリーンなビジネスを展開した。その一方で、李課長を通じて紹介された、次から次へと現れる、より地位の高い役人たちを、夜な夜な、退廃の渦へと引きずり込んでいった。
彼の「接待」は、もはや芸術の域に達していた。
ターゲットが、歴史好きのインテリ気取りだと聞けば、彼は、水の精霊・無宣を伴って、静かな茶館の個室で、高級なプーアル茶を振る舞った。そして、古今の書画骨董について、専門家顔負けの知識を披露し、相手の知的な虚栄心をくすぐった。無宣は、その場にいるだけで、古典的な水墨画のような、清らかな雰囲気を醸し出し、男たちの汚れた心を、一時的に浄化させた。そして、その後に続く、彼女の献身的な夜の奉仕は、その落差ゆえに、男たちを、より深い倒錯的な快感へと導いた。
ターゲットが、ギャンブル狂いのスリル狂だとわかれば、彼は、風の妖精・小黎を連れて、マカオのカジノへと飛んだ。彼は、VIPルームで、国家の資金を、まるで紙切れのように賭け、大勝ちしても、大負けしても、表情一つ変えなかった。その、常人離れした度胸は、男たちを畏怖させた。そして、小黎は、その無邪気な笑顔と、子犬のような仕草で、賭けに疲れた男たちの心を和ませた。彼女が、テーブルの下で、そっと男のズボンのチャックに手を伸ばす時、男たちは、背徳感と、征服感に打ち震えるのだった。
義成は、上海と深圳を行き来する、二重生活を送った。
彼は、様々な女を抱いた。カラオケクラブのホステス、高級サウナのマッサージ嬢、ホテルの専属娼婦。彼は、金で買える、ありとあらゆる刹那的な快楽を、貪るように味わった。彼は、意図的に、自堕落なプレイボーイという仮面を被ったのだ。酒と、女と、金にしか興味のない、中身の空っぽな、日本の若き成り金。その評判は、上海の闇社会で、急速に広まっていった。
だが、その仮面の下で、彼の頭脳は、驚くほど冷静に、稼働し続けていた。
彼は、女たちの、そして、役人たちの、酒の席での無駄話から、膨大な量の、生きた情報を収集していた。どの企業が、どの役人と癒着しているのか。どのプロジェクトに、国家の補助金が流れているのか。誰が、どの派閥に属し、誰と、誰が対立しているのか。
彼の頭の中では、上海の、巨大で、複雑な人脈相関図が、日に日に、その精度を増していった。
その過程で、彼は、母の友人・紅が収監されているであろう、収容施設の場所や、その管理責任者が誰なのか、といった情報も、断片的に掴み始めていた。だが、彼は、決して動かなかった。まだ、その時ではない。小物をいくら釣っても、意味はない。狙うは、大魚。この、腐敗したシステムの、根幹を成す、巨大な龍だけだ。




