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龍の傳人―光と闇の羅針盤(青木家サーガ第3作)  作者: 光闇居士


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第二部:昼の顔、夜の顔  4. 初戦 - 文化の摩擦

打ち合わせは、初日から難航した。

会議室の巨大なスクリーンに映し出されたのは、ドリームランドの看板キャラクターである、愛らしい子熊の「ドリー」と、そのガールフレンド「メリー」のアニメーションだった。彼らが、中国の伝説『西遊記』の世界に迷い込み、孫悟空や猪八戒と共に冒険を繰り広げる、というのが新しいショーのあらすじだ。

「――というわけで、我々が最も重要視しているのは、この『カワイイ』という世界観です。ドリーとメリーの、この愛らしさ、無垢な表情、これを中国の観客にも、100パーセントの純度で伝えたい」

涌井部長が、熱弁をふるう。彼の背後では、佐々木がパソコンを操作し、次々と日本のパークで成功した「カワイイ」演出の事例を映し出していく。

だが、ソエン・プランニング側の中国人デザイナーたちの反応は、芳しくなかった。彼らは、腕を組み、怪訝な表情で顔を見合わせている。やがて、リーダー格の男が、おずおずと口を開いた。通訳は、祖苑が務める。

「あの…涌井部長。コンセプトは理解できます。ですが、正直に申し上げて、この『カワイイ』というのは、我々には少々、物足りなく感じられます」

「物足りない?」

「はい。中国の観客が求めるのは、もっと壮大で、絢爛豪華なものです。例えば、この孫悟空が登場するシーン。もっと巨大なセットで、炎やレーザーをふんだんに使い、彼の圧倒的なパワーを表現すべきです。子熊のキャラクターは、その添え物でいい」

その言葉に、制作局のベテランデザイナー、村松がカチンときた。

「添え物だと?冗談じゃない!主役はドリーとメリーだ!君たちは、このキャラクターが持つブランド価値を、何もわかっていない!」

会議室の空気が、一気に険悪になる。これが、郷田部長が言っていた「文化の壁」だった。日本側は、キャラクターの持つ繊細な感情表現や世界観を重視する。一方、中国側は、見た目の派手さ、スケールの大きさ、わかりやすいスペクタクルを求める。両者の美意識は、水と油だった。

「まあまあ、村松さん、落ち着いて」

涌井が慌てて仲裁に入るが、一度こじれた空気は元に戻らない。両者は、自国の文化の優位性を主張し始め、議論は完全に平行線を辿っていた。

その時だった。

それまで黙って議論を聞いていた義成が、静かに立ち上がった。彼は、まず、激昂している村松に、流暢な日本語で語りかけた。

「村松さん、お気持ちはわかります。ですが、少しだけ彼らの言い分も聞いてみてはいただけませんか。彼らは、我々の文化を否定しているのではありません。ただ、自分たちの観客が、何を喜ぶのかを、誰よりも知っているだけです」

次に、彼は、中国側のデザイナーたちに向き直り、完璧な北京語で話しかけた。

「皆様方の仰る、壮大な演出の重要性、私も理解できます。中国の芸術は、常に大河のようなスケール感を持っていましたから。ですが、このドリーというキャラクターの魅力は、その『小ささ』『弱さ』にあるのです。そんな小さなキャラクターが、勇気を振り絞って巨大な困難に立ち向かう。その姿に、人々は共感し、感動する。それは、日中、いや、世界共通の感情ではないでしょうか」

さらに、彼は、戸惑う彼らの中にいた、上海出身の若いデザイナーを見つけると、今度は、柔らかい響きの上海語で、言葉を続けた。

「侬小辰光(あんたが子供の頃)、路地の隅っこで、弱い者いじめされてる友達を見たら、助けたいって思わなかったか?ドリーは、そのような存在。守ってあげなければならない、応援してあげたくなる、そんな気持ちにさせてくれる、不思議な力があるんだ」

義成が、三つの言語を、まるで楽器を弾き分けるかのように、自在に操る。その姿に、会議室にいる全員が、ただ圧倒されていた。日本語の敬語の丁寧さ、北京語の力強さ、そして上海語の親密さ。彼は、それぞれの言語が持つニュアンスを完璧に理解し、相手の心に最も響く言葉を選んで、語りかけていた。

険悪だった空気が、少しずつ和らいでいく。中国側のデザイナーたちの顔から、警戒心が消え、目の前の若者に対する、純粋な好奇心と尊敬の色が浮かび始めた。

最後に、義成は、ホワイトボードの前に立つと、一本のペンを取った。

「両者の意見は、決して矛盾しません。むしろ、融合させることで、誰も見たことのない、新しいエンターテイメントが生まれるはずです」

彼は、そこに、壮大な中国の舞台セットと、その中で健気に冒険する、愛らしい日本のキャラクターが、完璧に共存する舞台のラフスケッチを、驚くほどの速さで描き上げた。

「壮大な『体』に、繊細な『心』を宿す。これこそ、我々が目指すべきゴールです」

その見事なプレゼンテーションと、誰もが納得する着地点の提示。会議室は、割れんばかりの拍手に包まれた。

涌井部長は、口をあんぐりと開けて、自分の連れてきた「秘密兵器」の、底知れない能力に舌を巻いていた。

そして、林祖苑は。

彼女は、その一部始終を、腕を組んで、静かに見つめていた。その表情は、相変わらずクールだったが、その瞳の奥では、目の前の「青木義成」という男に対する興味が、確かな熱を帯び始めていた。

(この男…ただの通訳じゃない。人の心を、そして文化そのものを翻訳する能力を持っている…面白い…)

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