6. 闇への案内人
バーボン・ウイスキーの、最後の一滴が、義成の喉を滑り落ちる。
彼は、甘美で、しかしどこか苦い回想から、ゆっくりと意識を浮上させた。
バーの喧騒が、現実の音として、耳に戻ってくる。
彼は、勘定を済ませようと、ウェイターを呼ぼうとした。その時。
「お待たせ、義成。昨夜は、随分と楽しかったみたいね?」
その声は、シルクのように滑らかで、しかし、蛇のように冷たい響きを持っていた。
義成は、驚かなかった。彼は、ゆっくりと、声のした方へ顔を向けた。
カウンターの、彼の隣のスツールに、いつの間にか、一人の女が座っていた。
体に吸い付くような、真紅のチャイナドレス。深く入ったスリットからは、驚くほど白い、滑らかな脚が覗いている。化粧は濃いが、その下にある顔立ちは、知性と、そして底知れぬ野心を感じさせる、妖艶な美貌。
李霃帘。
若くして、共産党の要職に就く、エリート中のエリート。そして、義成を、中国の光の世界から、底なしの闇の世界へと引きずり込んだ、張本人だった。
「どうして、それを…」
「深圳は、私の庭みたいなものよ。この街で、私の知らないことなど、何もないわ」
彼女は、赤いルージュが塗られた唇で、妖しく微笑んだ。その瞳は、すべてを見透かすように、義成の心の奥底を覗き込んでいる。
義成は、何も言わずに、バーボンのおかわりを注文した。
李霃帘は、彼のグラスに、自分のグラスを、ことり、と合わせた。
「可愛い小鳥たちとのお遊びは、もう終わり。これから、もっと大きなゲームを始めるわよ」
彼女は、小さな声で、囁いた。「あなたには、そのゲームの、最も重要な駒に、なってもらう」
バーの大型スクリーンでは、相変わらず、反日デモの狂気が映し出されていた。
義成は、その狂気を、そして、目の前の妖艶な悪魔を、冷たい目で見つめていた。
彼の、休息の時間は終わった。
龍は、再び、より深く、より暗い、欲望の渦の中へと、その身を投じていく。その先に、何が待っているのか、彼自身にも、まだ、わからなかった。




