2. 炎の女神 ― 楊楊(ヤンヤン)
義成と楊楊の出会いは、二年以上前の冬、凍てつくような寒さの東北地方、瀋陽でのことだった。
当時、まだ東邦広告に籍を置いていた義成は、日系自動車メーカーのノベルティグッズを生産する、現地の工場を視察に訪れていた。その夜、工場の幹部たちとの、辟易するような宴会を終え、一人でホテルに戻ろうとした時のことだった。工場の裏口で、数人の地元のチンピラたちが、一人の若い女性を取り囲んでいるのが目に入った。
「いいじゃねえか、姉ちゃん。ちょっと付き合えよ」
「俺たちと飲めば、もっといい金になるぜ」
下品な笑い声と、罵声。女性は、恐怖に顔を引きつらせながらも、その瞳の奥の光だけは、決して屈していなかった。
「やめて!触らないで!」
その声は、震えていたが、凛としていた。
義成は、見て見ぬふりをして通り過ぎることもできた。だが、彼は、その女性の瞳の奥に、かつて日本で必死にもがいていた頃の自分と同じ、プライドと、生きるための必死さを見た。
彼は、冷静に、しかし迷いなく、その輪の中へと歩み寄った。
「彼女、僕の連れなんだが。何か用かな?」
彼の、流暢すぎるほどの北京語と、その場に不釣り合いな上質なコート、そして何よりも、その氷のように冷たい目に、チンピラたちは一瞬たじろいだ。
「あんだ、てめえ。こいつのダチか?」
リーダー格の男が、虚勢を張って凄む。
義成は、微笑んだ。それは、相手を凍りつかせるような、絶対的な自信に満ちた笑みだった。
「そう焦るなよ、兄弟。俺は、この工場の、日本のクライアントだ。もし、君たちが俺の連れに何かすれば、明日、この工場との取引はすべて停止になる。そうなれば、この街の何百人という人間が職を失うことになる。君たちの親父や兄弟も、その中にいるかもしれないな。それでもいいなら、どうぞ、続けてくれ」
その言葉は、脅しではなかった。ただの、事実の提示だった。チンピラたちは、顔を見合わせ、やがて悪態をつきながら、すごすごと去っていった。
残された女性は、呆然と義成を見つめていた。彼女が、楊楊だった。
「…あの…ありがとうございました」
「気にするな。一人で帰れるか?」
「はい…」
楊楊は、当時、その工場の食堂で働いていた。ロシア人の祖母を持つクォーターで、ミルクのように白い肌と、まだ二十歳そこそことは思えない、豊満な肉体を持っていた。しかし、その田舎町では、彼女の美しさは、むしろ嫉妬と欲望の対象でしかなく、彼女は常に息苦しさを感じていた。
義成は、その夜、彼女に何も求めなかった。ただ、ホテルのバーで、温かいスープをご馳走し、彼女の話を聞いてやった。貧しい家族を支えるため、早くに学校を辞めて働いていること。いつか、この街を出て、もっと大きな世界を見てみたいこと。
「君ほどの美貌と度胸があれば、深圳や上海なら、もっと稼げるだろう。もし本気でこの街を出たいなら、力を貸す」
義成は、一枚の名刺を彼女に渡した。
数ヶ月後。義成の携帯に、彼女から電話があった。彼は約束通り、彼女が深圳へ来るための費用をすべて工面し、知人の経営するカラオケクラブで働けるように手配した。
彼女が、自ら彼の部屋のドアを叩いたのは、深圳に来てから一ヶ月が経った夜だった。
「義成さん。私に、できることは、これしかありません。あなたのものに、してください」
彼女は、服を脱ぎ捨てた。現れたのは、磨き上げられた豊満な裸体。義成は、その時、彼女をただの女としてではなく、一人の人間として、その覚悟ごと受け入れた。
楊楊との情事は、常に激しい炎のぶつかり合いだった。
彼女は、義成を、命の恩人であり、絶対的な支配者として崇めている。そして、その支配者に、自分のすべてを蹂躙されることに、至上の喜びを感じていた。
「義成さん…もっと、激しく…私の全部、あなたのものよ…!」
彼女は、決して受け身ではなかった。豊満な乳房を彼に押し付け、長い足を彼の腰に絡ませ、自ら腰を動かして、彼を貪るように求めた。彼女の肌は、興奮すると、ロシアの血のせいか、美しい桜色に染まる。その肌に、義成が歯形をつけ、所有の証を刻むたびに、彼女は恍惚の喘ぎ声を上げた。
義成は、彼女の中で、自らの欲望のすべてを解放した。そこには、慰めも、優しさもない。ただ、支配と、服従。そして、二つの獣が、互いの本能をぶつけ合う、原始的な快楽だけがあった。彼女の体は、義成にとって、日々の戦いで溜まったストレスと、心の闇を吐き出すための、完璧な器だった。




