8. 始まりの祝杯と星空
その夜は、高円寺のガード下にある、安くて騒がしい居酒屋で、ささやかな祝賀会が開かれた。
主役は、もちろん義成たち四人だ。
「いやー、張君、マジで痺れたよ!あのプレゼン、神がかってた!」
鈴木は、興奮冷めやらぬ様子で、ビールジョッキを掲げる。
「フン…まあ、認めてやらんこともない」
古も、ぶっきらぼうに言いながら、その口元は、かすかに笑っていた。
「本当に、すごかったです、張さん…」
千芳は、潤んだ瞳で、尊敬と…それ以上の感情を込めて、義成を見つめていた。
「いや、俺一人の力じゃない。みんながいたからだ」
義成は、照れくさそうに笑った。
四つのジョッキが、カチン!と高らかにぶつかり合う。
国籍も、育った環境も、性格も違う四人。彼らは、この数週間で、単なる同僚から、共に戦う「戦友」へと変わっていた。義成は、この国で、初めて「チーム」というものを手に入れたのだ。
二次会のカラオケで、鈴木がアイドルの歌を熱唱し、古がテレサ・テンを渋く歌い上げ、千芳が恥ずかしそうに、しかし透き通った声で歌うのを、義成は少し離れた場所から、温かい気持ちで眺めていた。
その帰り道。
偶然、義成と千芳は、二人きりになった。終電間際の、人気のない駅のホーム。
「…張さんって、本当に、すごいね。何でもできるんだ」
千芳が、ぽつりと言った。
「そんなことはない。俺は、一人じゃ何もできない。今日のプレゼンだって、高藤さんのあの絵がなかったら、絶対に成功しなかった」
義成は、本心からそう言った。
「…ううん。あの絵を描けたのは、張さんが、私に『たった一人』の大切さを教えてくれたからだよ」
二人の間に、甘く、少しだけ気まずい沈黙が流れる。
「…これからも、よろしくね。リーダー」
千芳は、いたずらっぽく笑って、そう言った。
「ああ。こちらこそ。最高のデザイナー」
義成も、笑って返した。
電車がホームに滑り込んでくる。別れ際、千芳が、思い切ったように言った。
「あの、今度…よかったら、二人で、どこか…」
その言葉の続きは、電車のドアが閉まる音にかき消された。だが、義成には、彼女が何を言いたかったのか、はっきりとわかった。彼の心に、温かい光が灯る。
アパートへの帰り道。義成は、ふと夜空を見上げた。
いつもは、都会の光にかき消されて見えないはずの星が、その夜は、なぜか、いくつか瞬いて見えた。
それは、彼が、この日本という国で、自分の力で、自分の居場所を築き始めたことを、祝福する光のように思えた。
「龍の精進」は、まだ始まったばかり。この先に、どんな困難が、そしてどんな出会いが待っているのか。義成は、胸に込み上げてくる、確かな手応えと希望を感じながら、未来へと続く道を、力強く踏み出した。




