7. 逆転のプレゼンテーション
数週間の、嵐のようなリサーチと議論の末、チームは最初の社内プレゼンテーションの日を迎えた。相手は、郷田部長をはじめとする、国際戦略局の役員たちだ。このプレゼンが成功すれば、プロジェクトは正式な予算を獲得し、次のステージへと進むことができる。失敗すれば、この火種は、消し炭となって終わる。
プレゼン資料は、完璧なものが出来上がっていた。中国市場の膨大なデータ分析、緻密な事業計画、そして、千芳が作り上げた、心を揺さぶるコンセプトデザイン。チームの誰もが、成功を確信していた。
だが、その前日。事件は起こった。
キザな先輩、赤城が、義成を呼び出したのだ。
「張、お前の作った事業計画の収益予測、見たぞ。甘すぎるな。このままじゃ、役員連中は納得しねえぞ」
赤城は、ニヤニヤしながら、修正案と書かれたUSBメモリを差し出した。
「俺が、もっと『現実的』な数字に直してやった。ありがたく使えよ。お前たちのプロジェクトが失敗するのを見るのは、寝覚めが悪いからな」
その言葉は、親切を装った、巧妙な罠だった。義成がUSBの中身を確認すると、そこに書かれていたのは、非現実的なまでに誇張された、バラ色の収益予測だった。もしこの数字でプレゼンをすれば、その場は乗り切れるかもしれない。だが、後で必ず破綻し、プロジェクトは頓挫する。そして、その責任は、すべてリーダーである義成が負うことになる。赤城は、義成を社会的に抹殺しようと企んでいたのだ。
(…ここまでやるとはな)
義成は、心の底から湧き上がる怒りを、冷静に抑え込んだ。そして、彼は、その罠を逆手に取ることを決めた。
プレゼン本番。
役員たちが居並ぶ、重苦しい雰囲気の会議室。
最初に、古が、流暢な中国語を交えながら、中国市場の現状と、その爆発的なポテンシャルについて語った。次に、鈴木が、考えうるすべてのリスクと、それに対する鉄壁の対応策を、冷静に、しかし力強く説明した。
そして、義成が壇上に立った。
彼は、まず、赤城から渡された「誇張された収益予測」をスクリーンに映し出した。
「こちらが、一部の先輩からご親切にもご提案いただいた、本プロジェクトの収益予測です。これを見れば、皆さま、すぐにでもゴーサインを出したくなるかもしれません」
ざわめく役員たち。赤城は、計画通りに進んでいると、ほくそ笑んだ。
だが、次の瞬間。義成は、そのスライドを、デリートキー一つで消し去った。
「しかし、我々は、このような、嘘と欺瞞に満ちた数字で、皆さまの判断を仰ぐつもりはありません」
彼は、きっぱりと言い切った。会議室の空気が、凍りつく。
「我々が提示するのは、より地味で、しかし確実な、現実的な数字です。なぜなら、我々が目指しているのは、短期的な利益ではなく、十年、二十年先も、中国の人々の生活に寄り添い、共に成長していく、持続可能なビジネスだからです」
彼は、自分たちが作り上げた、地に足のついた事業計画をスクリーンに映し出した。そして、千芳が描いた、あの「家族の手紙」の絵を、大きく映し出した。
「我々が売りたいのは、広告枠ではありません。我々が届けたいのは、『心』です。この理念に、この夢に、投資していただけるというのなら、我々は、必ずや、この会社に、金銭的利益以上の、計り知れない価値をもたらすことを、ここにお約束します」
彼の言葉は、もはや新入社員のものではなかった。それは、確固たる信念を持つ、一人の事業家の言葉だった。
日本語、英語、そして時折混じる力強い中国語。その堂々たるプレゼンテーションは、老獪な役員たちの心を、強く、深く揺さぶった。
プレゼンが終わった後、会議室は、長い沈黙に包まれた。
やがて、郷田部長が、重々しく口を開いた。
「…採決は不要だろう。プロジェクトは、本日付で正式に承認する。必要な予算と人員は、すべて私が保証する」
その鶴の一声で、すべては決した。
会議室は、割れんばかりの拍手に包まれた。赤城は、顔面蒼白のまま、その場に立ち尽くしていた。




