第16話「白と蒼の、心の戦場」
塔から脱出したアリアと俺は、
月明かりの草原へと倒れ込んだ。
アリア「……はぁ……はぁ……スライム……無事……」
俺「お前こそ……まだ白い魔力が残ってるぞ。痛まねぇのか?」
アリアは苦笑いする。
アリア「……少し、胸が重いだけ。
それより――」
その時だった。
草原の空気が一瞬にして凍る。
冷たい風とともに、
白い少女がゆっくりと姿を現した。
リオ「……逃げ足だけは速いんですね」
アリア「リオちゃん……!」
だが、アリアの声にリオは応えない。
瞳は完全に“白”に染まり、表情も無機質。
俺「……暴走状態か」
リオはただ一言だけ告げる。
リオ「アリアさんを……返してもらいます」
次の瞬間――
白光がアリアの胸に直撃した。
アリア「きゃっ……!!」
俺「アリア!!」
白い紋章が再び発光し、アリアの瞳が揺らぎはじめる。
アリア「だ……め……
リオちゃん、やめて……!」
リオ「やめません。
あなたは“器”です。
本心? 心? そんなものは不要です」
白い鎖がアリアの身体を締めつける。
アリア「っ……!」
俺は跳び込もうとした。
しかし――
リオ「動けば、アリアさんの心を切ります」
俺「……!!」
リオが指を弾くと、アリアが苦痛に顔を歪めた。
アリア「や……やだ……スライム……こないで……!」
俺「アリア、それお前の本心じゃない!!」
アリア「違う……違うのに……
口が……勝手に……!」
白い魔法がアリアの声帯を操っていた。
リオ「叫びなさい。
本心を殺しなさい。
あなたが“器”になるために」
アリア「スライムなんて……
いらない……!」
俺「……っ!!」
その言葉が胸に突き刺さる。
リオ「ほら、簡単でしょう?」
アリア「スライムなんて……ぜん、ぜん……!」
アリアの瞳が揺れていた。
涙がこぼれそうだった。
俺は一歩進み、静かに言った。
俺「アリア。
そんなの……絶対お前の言葉じゃない」
アリア「……っ……!」
俺「俺は、何を言われても……
お前を信じる」
リオの指が震え出す。
リオ「……その信頼が……器化の邪魔なんです……!」
白い鎖がアリアを苦しめるほど締まる。
アリア「――スライム!!」
その叫びは、確かにアリア自身の声だった。
リオ「黙りなさい!!」
リオがアリアの胸に手を突きつけた瞬間――
白光が暴発した。
アリアの身体から、白と蒼の魔力がぶつかり合う。
アリア「いやぁぁぁぁぁ!!
私の心……もってかないで……!!」
俺「アリア!!」
俺の青核が激しく脈動し、無詠唱で魔法陣が生成される。
俺
「《蒼心再臨》!!!」
蒼光がアリアの胸へ飛び込み、白い鎖を吹き飛ばす。
アリア「……っ……スライム……」
リオが叫ぶ。
リオ「どうして……!
どうしてあなたは“器”になれない!!」
アリアはゆっくりと、震える声で答えた。
アリア「だって……
スライムが……私を名前で呼んでくれたから……!」
リオ「名前……?
そんなもの……!」
アリア「名前を呼ばれるのって……
こんなに嬉しいって……知らなかった……!」
白い残滓が風に散っていく。
リオは後ずさり、信じられないという顔をする。
リオ「……心……そんなもの、私には……」
アリアは涙を拭いながら言った。
アリア「リオちゃん。
あなた……誰かに名前を呼んでもらったこと……ある?」
リオの動きが止まった。
沈黙。
風の音だけが響く。
そして――
リオ「……なかった」
その声は、震えていた。
俺は感じた。
これは戦いじゃない。
三人の“心”がぶつかる物語だ。
アリア「……じゃあ一緒に探そうよ。
あなたの“名前”、どこにあったのか」
リオ「……」
白い光が弱まる。
リオの瞳に、かすかな“色”が戻っていった。
だが――
地面が突然揺れ、地割れが走る。
俺「!!」
リオ「……影法師の本隊が……来ます……」
アリア「えっ……!」
リオはアリアを見た。
その瞳は、傷ついた子どものように脆い。
リオ「……また来ます。
アリアさん……答えを……聞かせてください……」
そしてリオの身体は、白い霧のように消えた。
アリア「リオちゃん!!」
俺「……アリア、大丈夫か?」
アリアは震える手で俺を抱きしめた。
アリア「……怖かった……でも……
今は……あなたがいてくれてよかった……」
俺はアリアの胸にそっと寄り添う。
俺(心の声)
「必ずリオも取り戻す。
アリアの心も、俺の心も……
全部守る」
夜風が吹き、白い光の残滓をさらっていった。
(第16話・終)
【エピローグ⑫】「白い檻の少女」
(リオ幼年期/影法師の真実)
静かな闇。
白く濁った空気が、ゆっくりと揺れている。
足元には、色のない花が一輪だけ咲いていた。
⸻
◆白い世界で目覚めた日
少女(幼リオ)「……ここ、どこ……?」
リオが気づいた時、彼女はすでに“世界の外側”にいた。
まわりは白。
上も下も、右も左も。
境界がない空間。
そこに、影のような存在が現れた。
影の声
「あなたは“適合者”。
感情を捨て、魂を空にすれば……神の器になれます」
少女リオ
「……かみ……?
わたし、おかあさんのところに……」
影の声
「母親? 不要です。
あなたは器なのですから」
その言葉と同時に、少女の胸に白い紋章が刻まれる。
少女リオ「……いたい……やだ……やめて……!」
影の声
「痛みは消えます。
心がなくなれば」
少女リオ「……ひとりは……いや……」
影の声
「心がなければ、孤独もありません」
⸻
◆“名前”を奪われた日
ある日、少女はついに自分の名前さえ思い出せなくなる。
少女リオ「……わたし……
なんて呼ばれてた……の……?」
影の声
「名前は不要。
あなたは“白面の少女”。
器にふさわしい称号です」
少女リオ「……りお……?」
影の声
「その名も、いつか消えます」
少女は名前を失い、
涙を流すことすら許されなかった。
白い世界に落ちる涙は、
すぐに蒸発して消えていく。
⸻
◆影法師の真実
影の声
「アリア=クリスタリア。
白光を宿す希少な魂。
彼女こそ“完全器”となる存在」
少女リオ「……アリア……」
影の声
「あなたの役目は二つ。
アリアを連れてくること。
そして……
アリアの心が抵抗した時、その心を“折る”こと」
少女リオ「……心を……おる……?」
影の声
「心は邪魔なのです。
器には不要」
少女リオ「……じゃあ……
わたしの……心は……?」
影の声
「あなたの心は、もう必要ありません」
少女は胸に手を当てる。
そこには、微かに光る白紋章。
心があるのかどうかすら、曖昧になっていた。
⸻
◆影法師が恐れるもの
少女リオ「……でも……
どうしてアリアは心をもってて……
わたしはだめなの……?」
影の声は初めて、語尾を揺らした。
影の声
「……“心”は……器の完全体化を阻害する。
だが――
あなたは最初から不完全だった」
少女リオ「ふ……かんぜん……?」
影の声
「あなたは……“心を捨てきれなかった”」
少女リオ「……!」
影の声
「だからあなたは……
“アリアにだけ”惑わされる」
少女は震えた。
アリア。
初めて会ったとき、胸が痛んだ。
羨ましくて、怖くて、触れたくて。
少女リオ
「アリアさん……」
影の声
「感情は毒だ。
再び会えば、あなたは壊れる。
だから――
アリアは必ず“器”にしなくてはならない」
⸻
◆白い涙
少女リオ「……心って……そんなにいらないの……?」
影の声
「いらない」
少女リオ「でも……
わたし……ほんとうは……
誰かに……名前……呼んでほしかった……」
影法師は何も答えない。
白い世界で、少女の涙が落ちる。
だがその涙は、
すぐに消えてしまう。
少女はそれを、
悲しいとすら思えなくなっていた。
⸻
◆現在――
リオ(現在)「……アリアさん……」
暗い部屋で、リオは膝を抱えて座っていた。
胸に手を当てる。
ほんの少しだけ温かかった。
リオ
「……名前を呼ばれるのって……
こんなに……胸が、熱くて……
苦しくて……でも……嬉しいなんて……」
影の声が遠くから響く。
影の声
「リオ。
次こそアリアを連れてこい。
心は不要だ」
リオ(目を閉じて)
「……心……いらない……?」
沈黙。
そして、震える声でつぶやいた。
リオ
「……でも……アリアさんが呼んでくれた“リオ”は……
消したくない……」
白い部屋に、初めて“色”が落ちた瞬間だった。
(16話エピローグ・完)




