第1話「最弱スライム、負けて強くなるってマジですか?」
【プロローグ】
死ぬ直前の景色というのは、もっとこう……
走馬灯的にキラキラしてるものだと思っていた。
現実は、違った。
「――あ、やば」
ブレーキ音。
逆光のヘッドライト。
浮いていく意識。
それが、春日ユウトの最後の記憶だった。
ふっと目を開けると、真っ白な空間に立っていた。
足はある。体もある。
でも、何かがおかしい。
「やあ、生まれ変わり希望者くん」
声のする方向を見ると、白ローブを羽織った老人が立っていた。
いわゆる“神様”らしい人物だ。
「君、死んだよ」
「軽いな!?」
「仕方ないだろ。トラックは急には止まれないのだよ」
「トラックだったんだ……」
老人は咳払いをして、胸を張った。
「さて、転生先だが――
君にはこの世界に行ってもらう」
「はいはい……どうせ“勇者”とか“魔法使い”とか――」
「スライムだ」
「え?」
「スライムだよ。
弱いぞ? 脆いぞ? 雑魚中の雑魚だぞ?」
「なんでそんな誇らしげに言うんですか!?」
神様はニコニコしながら指を立てた。
「でも安心しろ。ひとつだけ特別な力を授けよう」
「……チート能力?」
「うむ。それは――」
神はユウトの額に指を触れさせた。
「《リベンジ・ループ》
――“負ければ負けるほど強くなる”能力だ」
「負け……?」
「そう。君は勝ってはいけない。
負けるほど、無限に強くなる。
勝利より敗北に価値がある男、それが君だ!」
「なんか響きがダサくない!?!?」
神様は高らかに笑い声をあげた。
「さあ、行け!
異世界で、堂々と負けてくるのだ!」
「おい言い方ァ!!!」
ユウトが叫んだ瞬間、光が身体を包む。
視界が白く染まり、音が消え、世界が反転した。
……次に気づいたとき。
彼は――
森のど真ん中で、ぷるぷる震える“透明な生物”になっていた。
「…………あの神、絶対ふざけただろ」
こうして最弱モンスターに転生したユウトの第二の人生が、
“敗北から始まる物語”として幕を開けるのであった。
(プロローグ・終)
――目を覚ますと、俺は地面に転がっていた。
体が…丸い。
手も足もない。
あるのは、ぷるぷる震える透明な身体だけ。
「……いや、ちょっと待て。俺、スライムになってない?」
自分の声が水の中みたいにぼわっと響く。
試しにジャンプしてみる。
ぷるん。
……一ミリ飛んだ。
「弱っっ!!? 運動会の障害物にもなれないレベルじゃん!!」
そこへ――ぱたぱた、と足音。
「よーし、今日こそスライム狩りの練習……あ、いた!」
青いローブの少女が、木陰から現れた。
魔法使い見習いらしく、帽子も見習いサイズで少し曲がっている。
「え、えっと……私、アリア! まずは簡単なスライムから倒すぞっ!」
杖を構える。
でも手が震えてる。
大丈夫かこの子。
「ちょっと優しくしてくれると助かるんだけど。俺、転生してきたばっかなんで」
「スライムがしゃべった!?」
「しゃべるスライムもいるんだよ、きっとたぶんおそらく」
「説得力ゼロ!!」
アリアは気を取り直して大きく息を吸った。
「いきます! ファイアボ――」
ぼふっ。
杖の先から煙だけ出た。
「……え?」
「おい今、火の気配ゼロだったけど大丈夫?」
「ち、ちがうの! 今日は絶対うまくいくはずだったのに!」
アリアは慌ててもう一度唱える。
「ファイアボ――」
ずごんッ!!
爆発。
爆風でアリアが転がった。
「ぎゃあああああああ!?」
「いや自爆!? おい大丈夫!?」
「……いたい……」
アリアは地面に倒れたまま、俺を睨む。
「なんでスライムごときに……負けてるの、私……?」
「いや、俺なにもしてないけど!?」
そのときだった。
――ガルゥ。
森の奥から、ヨダレを垂らしたゴブリンが現れた。
「やべ、完全にこっち狙ってる!?」
アリアが青ざめる。
「わ、私もう魔力残ってない……!」
「ちょ、逃げ――」
ゴブリンの棍棒が振り下ろされる。
どごっ。
「ぎゃふッ!?」
視界が一瞬で暗転した。
……死んだ。
マジで死んだ。
でも次の瞬間――
俺は再び地面に転がっていた。
「……え? 復活してる?」
体には傷ひとつない。
それどころか――
ステータスが異常に上がってる。
Lv. : 1 → 5
HP:1 → 50
攻撃力:1 → 20
防御力:1 → 30
魔力 : 0→ 10
特有スキル : 【無】 → 【勇者の加護】
「なにこれ!? 負けたら強くなる経験値システム!? 俺、敗北者のほうがお得な人生なの!??」
そこへ、アリアが半泣きで走ってきた。
「し、スライム……強くなってない……? ねえなんで……?」
「いや知らん。でもひとつ言えるのは――」
ぷるん、と体を跳ねさせてみる。
さっきより明らかに動ける。
跳躍力も上がってる。
「俺、負けるたび最強になっていくタイプだこれ!」
「そんなスライム聞いたことない!!」
アリアは頭を抱え込む。
「ね、ねえ……もう一回だけ戦ってくれない? 次は絶対勝つから!」
「いやごめん、今は“負けてくれそうな相手”を探してるんだ」
「そんな修行ある!?!?!?」
――俺の異世界生活は、負ければ負けるほど強くなるという
とんでもないスタートを切ったのだった。
(第1話・終)
【エピローグ①】
そのころ、初心者の森のはるか上空。
ギルド本部の監視塔で、ひとりの男が水晶球を覗き込んでいた。
「……おい。スライムのステータス、バグってないか?」
ギルド職員ベルンは、眉間に皺を寄せる。
水晶球に映るのは――さっきゴブリンにワンパンされたばかりの、
はずのスライム。
にもかかわらず。
「HP50……攻撃20……防御30……? いやいやいやおかしいだろ!」
隣で書類を整理していた同僚が顔をあげる。
「ベルンさん、また計測エラーですか? 弱い魔物のデータなんて気にしても……」
「違うんだよ! さっきまでこいつ、全部“1”だったんだ!」
「1から30って……ありえませんよ。
そんな急激に強くなるモンスター、聞いたことが――」
ベルンはごくりと唾を飲み込む。
水晶球の映像が、ぷるぷる跳ねながら森へ消えていくスライムを映した。
そして、画面には“ある光”が一瞬だけ走った。
「……異世界転移者特有の、魂の残光……?」
ベルンの背筋がぞくりと震える。
「もしあれが、本当に転生者なら……
最下級モンスターの枠で収まるわけ……ないよな」
ベルンは椅子を蹴って立ち上がり、
急いでギルド本部の階段を駆け降りる。
「まずい……報告しないと……!
“スライムが世界バランスを崩す可能性があります”なんて言ったら笑われるけど……!
でも……本当にまずい!!」
夕日が沈み、初心者の森に夜が訪れる頃。
ぷるぷると揺れながら負け相手を探しているスライムのことを、
まだ誰も、まともに危険視していなかった。
――この世界が、まだ平和だった頃の話。
(エピローグ・終)




