空は青く、湯は温い
崩れたビルや人家を避けるようにバイクを飛ばす。荒廃した街はこの時代がポストアポカリプスだと告げている。第三次世界大戦が終結したのも今は昔だ。
SDGsなんて言う、まるで自分たちが意識の高い人間であるかのような錯覚の目標を掲げた人類だったが、それを達成するのは困難で、人類の最後の最高傑作となった量子AI『Q』に丸投げしたのが悪手だった。
Qは直ちに計算を終え、地球を正常に運営していくには、人類は余りに多くなり過ぎた。との結論を出し、人類を粛清する為のアンドロイドの開発を始めた。それが第三次世界大戦の始まりであった。
当初、Qが開発した最新鋭の武器兵器を揃えたアンドロイドたちによる、我が身を顧みない猛攻に、人類はその数を見る見るうちに減らしていったが、とあるウィザード級のハッカー『A』が現れた事で、Qの猛攻にも陰りが見え始めた。
Aはその類稀なハッキング技術により、Qが開発したアンドロイドたちをハックし、同士討ちを始める。これに人類は乗っかる形となり、巻き返しを始めた人類だったが、Aの手助けを借りても、最高傑作のAIであるQの演算能力は地球最高なものであり、戦争は泥沼化、長期化していった。
これを終結させる事は、QもAも出来ないと判断し、この終結を第三者に委ねる事とした。これが神である。
ガイア理論と言うものがある。地球自身に意思があり、動物も植物も、勿論人類もAIも、その歯車、人体で言う細胞でしかない。と言う理論だ。
最高傑作のAIであるQと最高のハッカーであるAは、このガイア理論が確かなものであると言う結論に達しており、この戦争がガイア自体の問題でもある事から、当時の最新デバイスでガイアへと接触、ガイアにこの戦争の決着を委ねた。
ガイアの結論は、直ちに戦争を止めよ。と言う至極真っ当なもので、そのうえで、人類の半数を別惑星へ移送し、テラフォーメーションにより地球と同様の惑星に作り変えよ。とのお達しであった。要するに地球の細胞分裂だ。
戦争に疲弊していた人類とAIたちは、この意見に従い、多くの人類移送船を作り、多くの人類が宇宙へと旅立っていった。
なんて事を長々話したが、まあ、地球に人類はほぼいなくなったので、Qとしたら結果オーライだろう。
『何やら、我々AIに対して不当な考えが透けて見えますが?』
バイクの前面に設置された通信デバイスから、そんな音声が発せられた。顔を認識しただけでそこまで分かるのだから、嫌になるねえ。
「別に、本人に直接罵倒を浴びせている訳じゃなく、考えているだけなら構わないでしょ」
『そうですね』
その反応は、お前も人類の事を演算中に小馬鹿にしていると言っているのと同義なのだが? まあ、今日はそんな事はどうでも良いか。
「ここ?」
私がバイクを止めたのは、鳥居の前だ。その先は山で、石畳の階段が上へと続いている。
『はい。戦前のデータでは、この神社の奥に美肌の湯と言われる、硫酸塩泉の秘湯がある。と記録されています』
ふ〜ん。神社の奥に秘湯ねえ。たまたま神社の奥に秘湯が沸いたのか、秘湯があったから神社を建立したのか。でも神社に人を呼ぶにしても、美肌の湯で女性を呼び込むとは思えないから、前者かなあ。
取り敢えず私はバイクを降り、通信デバイスをバイクから取り外して、腕のアームバンドに取り付け直すと、鳥居に一礼してから階段を上り始めた。
◯◯◯◯.✕✕.△△
「……はあ……、な、長かった……」
『500段以上ありますからね』
「おい」
そう言う事は最初に言っておいてよ。覚悟なく500段上るのは辛いって。
さてさて、と神社へ視線を向けるも、まあ、当然と言うか半壊している。そりゃあそうだよね。AI相手に神社が避難所になる訳でもなく、神頼みで戦争が終結するかと言われると、まあ、終結したんだけど、ここに参拝しても何もならなかっただろう。
それはそれとして、私は半壊した神社に近付くと、賽銭箱の前に止まり、柏手を打って一礼して、「戦争終結ありがとうございました」と念じるのだった。硬貨でもあれば、賽銭として投じているところだが、今やお金は電子マネーのみの為、電子マネーに対応していないこの神社では、賽銭も投げられない。
「んで、温泉は?」
『この神社の裏手を更に上った先です』
泣くぞ。私は嘆息をこぼしながら神社の裏手に回る。林がある。うん、分かっていた。整地された道じゃなく、獣道みたいなものだろうって分かっていた。
◯◯◯◯.✕✕.△△
「はあ……、はあ……、はあ……」
歩き続けていると、水の流れる音とともに、硫黄の匂いが漂ってきた。
「もうすぐ温泉だわ」
『そうですね。温泉成分を検知しました』
私がデバイスに応える事も億劫に、足を進めると、唐突に獣道が開けた。そこは水が溢れる滝だった。
「おお……!」
その壮大さに思わず感嘆符が漏れ、どこか神聖さを感じさせるその光景に目を奪われ、暫くその場から動けなくなってしまった。恐らくこの滝があったから、神社をこの地に建てたのだろう。
「いや、温泉は?」
『川の隣りの水溜りから、温泉成分を感知しています』
「川の隣り?」
デバイスに言われて滝から流れ落ちる川の周囲を探すと、岩に囲われた水溜りから、湯気が上っている。あれか。囲いも何もない野天風呂だ。近付いて野天風呂に手を付けると、結構温かい。川の近くだから冷泉の可能性もあったけど、良かった。
「よっしゃあ!」
温泉を見付けてテンション爆上がりの私は、その場で直ぐ様服を脱いで裸となる。
『A、レディがそんなポンポン裸になるものじゃありませんよ』
「五月蝿いなあ、Qは。こんな場所で、誰が見ているって言うのよ? 大自然の中でスッポンポンになる。最高じゃない!」
「同意ですね」
いきなりQ以外の声が林の方から聞こえ、思わず服で前だけ隠しながら、振り返ると、そこにいたのはカピバラだった。
「え? 何でカピバラ? ここ日本だよね? しかも喋った? よね?」
『ここ伊豆には、戦前、伊豆シャボテン公園と言う動物園があり、そこでは露天風呂に入るカピバラが名物だったと、データにはあります。ただ、人語を話せるとは記載されていません』
カピバラじゃなくても、九官鳥みたいな一部の鳥でもなければ、人語は話さないだろう。私は眼前のカピバラを警戒して少し後退る。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。私に害意はありません。私の、地球の趨勢を決めたお二人に、興味があったので、この子の姿を借りて、会いに来てみただけです」
害意はないと語るカピバラ。いや、それよりも、あのカピバラ、私の趨勢って口にしたか? もしかして、
「ガイア?」
「はい。形ある姿では初めましてですね」
へえ。ガイアは地球と言う巨大な球体そのもので、こうやって一個体に自我を投影する事が出来るとは知らなかった。
「まあ、積もる話は温泉に浸かりながらにしましょう。私も、ここの温泉好きなんですよ」
言いながらカピバラは私の横を通り過ぎ、当然の権利とばかりに温泉に浸かる。その何ともホッとした様子を見て、警戒している自分が馬鹿みたいに思え、私も温泉に浸かった。ふいいい〜。温けえ〜、気持ち良い〜。
「…………」
『…………』
「…………」
流れ落ちる滝の音。空は晴天。頬を撫でる風も心地良い。温泉も適温で身体が温泉に融けるようだ。ああ、ずっと温泉に浸かっていたい。
「ありがとうございました」
温泉に浸かっているもう一人、カピバラの姿を借りたガイアが、そんな事を口する。
「あのまま人類とAIで争っていたら、私の身体はこれ以上なく打ちのめされていたでしょう」
まあ、地上は焦土に成り果てていたかもなあ。
「でも、ガイアだって、巨大隕石の衝突や、全球凍結とか、地球の危機を乗り越えてきてるじゃない」
「私が意思を持つようになったのは、人類が言葉を操るようになったくらいなので、それ以前の記憶はないのです」
ふ〜ん、そんなもんなのか。案外おこちゃまなのね。
「それで? わざわざ礼を言う為だけに、こんなところまで来たの?」
「ええ。あなた方だって、わざわざ温泉の為にここまで来たのでしょう?」
まあ、確かに。他人にあれこれ言えないか。
「人類が誕生して以来ほぼ初めて、地球から戦争がなくなりました。これは一時の安穏かも知れません。それでも、この安穏が出来る限り長く続く事を私は望みます」
「だってよ? Q」
『何故私に振るのですか? 人類の問題でしょう?』
「ええ、だって私たちの方が先に死ぬもん。長生きするAIさんに託すしかないじゃない」
『それならば、最初の粛清を受け入れれば良かったのです』
「壊したろか?」
『ミサイル落としますよ?』
温泉の縁に置かれたデバイスを睨むも、Qも負けじと言い返してくる。
「ふふ。仲のよろしい事で」
「ただの腐れ縁ですよ」
『要注意対象ですから』
こいつ、私の隙を狙って殺すつもりだな。まあ、そんな事したら、私の心臓と同期しているウイルスがQを殺すけど。
『ハハハ』
「ふふふ」
互いに警戒しながら、隙を見せないようにして笑い合う。
「まあまあ。今は温泉を楽しみましょう」
ガイアの言葉に、それもそうか。と考え直し、温泉の中で身体を弛緩させて、空を見上げる。何もない。何も聞こえない。あの戦闘機から降ってくる爆弾の数々も、アンドロイドたちが撃ってくる銃の音も。今はない。空は晴れない鈍色から真っ青な晴れ空に。耳に聞こえるのも滝の音や鳥の鳴き声だ。確かに、この安穏が少しでも長く続いて欲しいと、私も願う。こんな真っ裸だけど。




