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台湾事変   作者: 独楽犬
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五.行動

 海兵隊遠征隊が降り立ったのは連絡がとれた台湾軍駐屯地であった。アフマドは真っ先に降りると駐屯部隊の司令官のところへと向かった。

 司令官は彼の裁量権の範囲で小規模な偵察隊を編制し各地へと派遣して情報を集めていた。それはアフマドにとっても貴重なものであった。中佐はその駐屯地に臨時司令部を設けることを決め、指揮下の部隊に出動を命じた。台湾軍からハンヴィーを借りて出撃した海兵隊の任務は情報収集と台湾政府首脳部の要人の安全を確保することである。



 ある海兵隊小隊は政府施設が集中する台北中正区の中心部、博愛特区への偵察に向かっていた。南から前進する小隊のハンヴィーは台北教育大学前のY字路で停車した。そこを左に曲がれば国防部や司法院―裁判所を示す―の前に出て、さらに北へ曲がれば総統府の前に出る。

 兵士が交差点に顔を出して国防部方面への道路を覗き込むと、道路上を警備する兵士の姿があった。台湾軍ではない。中国軍の特殊部隊だ。この事実はただちに小隊長に知らせられた。小隊長はすぐに上級司令部へと報告した。



 台北郊外の海兵隊司令部ではアフマド中佐は各地の偵察隊から集められた情報が次々と書き込まれている地図を眺めていた。そこへ博愛特区偵察チームからの報告が入ってきた。

 アフマド中佐はただちに決断をした。

「政府周辺の兵力を知りたい。ただちに威力偵察を実行せよ」



 命令を受けた小隊長は各分隊長と配属された狙撃手を呼んで、作戦を説明した。各分隊は作戦に従って分散し、裏路地を通って博愛特区を守っている中国軍に感知されることなく配置についた。

 狙撃手は中国軍部隊の指揮官を見つけ出していた。

「GO!」

 小隊長の合図と同時に狙撃手が指揮権の頭を撃ち抜き、それと同時に分かれた海兵隊分隊がそれぞれ別のところから中国軍に襲撃をかけた。

「機敏に動き回れ。こちらの規模を悟らせるな!」

 海兵隊はヒット・アンド・アウェイを繰り返して中国軍を混乱させた。



 アフマドのもとへ偵察部隊からの報告が届いた。

「博愛特区周辺の中国軍は1個大隊規模の模様です。武器は携行火器が精々で重火器は迫撃砲程度のようで」

 その報告にアフマドはこれからどのような行動を取るべきか思案した。現在、台湾に上陸している海兵隊の全力を以ってすれば博愛特区の奪還は可能であろう。台湾軍は自衛行動なら十分にできるから基地の守りを残す必要はない。そして総統府をはじめとする台湾の中枢が集中する博愛特区を手中に収めれば、台湾政府の健在を世界に訴えることができる。

 しかし、他の偵察隊はいまだに確たる成果を得ていない。政府とは箱物ではなくそれを動かす人々を示すものだ。実際に動かす人々がいなくて意味がなく、それでなければ海兵隊は“台湾政府及び軍の回復”という任務を達成できない。だから博愛特区を奪還するだけではダメなのだ。それを動かす人間がいなければ。

「敵軍の様子はどうなんだ?」

「中国軍はこちらの規模動静を捉えきれていないようで、混乱しているようです」

 偵察部隊は一撃離脱戦法を徹底し、自分達の規模を相手に悟らせないように努力している。その甲斐あって中国軍は混乱し浮き足たっている。

 狙い目は今である。台湾に上陸させた兵力はアメリカより中国が圧倒的に多いのだ。中国軍が態勢を整えて兵力を集中すれば手持ちの戦力だけでは奪還は難しい。こちらの実態を相手が知らず、しかもアメリカ軍の介入を意味する白人兵との交戦という事実に混乱しているであろう今こそが千場一隅のチャンスなのだ。

 しかし“台湾政府と軍の回復”という任務は博愛特区の奪還だけでは達成できない。アフマドには決断が求められていた。

 そこへ通信兵が新たな報告を加えた。

「中佐。ホフマンの中隊が台湾の行政院長を保護したそうです」



 一方、中国軍も重大な決断を迫られていた。

「アメリカ軍だって?」

 台湾侵攻部隊の司令官は部下の報告に目を丸めた。

「見間違いではないのか?台湾軍部隊ではないのか?」

「いえ。間違いなく白人の兵士で、装備もアメリカ海兵隊と同一だったということです」

 それを聞いて司令官が唸った。アメリカ軍の介入は想定外であった。

「情報部の言い分と違うじゃないか!奴らが言うには、アメリカは介入しないんだろ?」

 参謀の1人が叫んだ。

「ふん。情報部の言っていることなど、昔からあてにはならん」

 別の参謀が鼻を鳴らして言った。

「今さら情報部を責めても仕方が無い」

 司令官が情報部への不信感を露にする参謀達を押さえた。

「問題は我々がこれからどう行動すべきかだ。これは高度に政治的な問題だ。本国に状況を報告し、指示を求めなくてはならない。それと博愛特区の防備を強化するんだ」



 行政院長保護の第一報を受けた数分後にアフマドが司令部を構える台湾軍基地に行政院長を乗せたハンヴィーがすべりこんできた。アフマドは一行を出迎えると、ホフマン大尉に1個小隊を残し、残る中隊の主力を以って博愛特区の奪還へ向かうように指示した。ホフマン中隊が回れ右して基地を出てくのを見送ってから行政院長を尋ねた。

 行政院は日本の内閣にあたり国家の行政を担う。国家元首である総統に対して行政院長は行政権を掌握する韓国やフランスの首相に近い位置にある。行政院長は自宅で休息中に中国軍侵攻の一報を受け、安全な退避地を探しながら台北各地を右往左往している最中にアメリカ軍に発見されたのである。

 行政院長は基地司令官の台湾軍将校と話していた。

「行政院長閣下。無事でなによりです」

 アフマドがそう声をかけると、行政院長はアフマドに握手を求めた。

「君達の迅速な介入に我々は大変感謝している。総統閣下に代わって礼を言いたい」

「いえ。これが任務ですから。状況の方は?」

 行政院長はアフマドの問いに頷いて答えた。

「状況は基地司令官から聞いているところだ。指揮系統の回復は進んでいるのかね?」

「アメリカ軍の協力を得て通信を回復しつつあります。台北周辺の陸軍基地とは連絡を回復しつつありますし、アメリカ軍の通信網を介して空海軍とも連絡を確立しています。しかし、我々は民主主義の軍隊です。政府からの命令が無ければ積極的な行動はできません」

 司令官は中国の攻撃に対して碌な迎撃作戦を行なえない自軍を恥じているようであった。しかし行政院長は司令官の言葉に何度も頷いてから、穏やかな表情で司令官の肩を叩き労った。

「いや。君達はよくやっているよ。軍人と言うものは自制心と慎重な行動こそが第一に求められる。だからこそ我々は民主主義国家を築けるのだ。君達の自制心こそ中華民国の礎なのだ。ここは我々、政府がしっかりと行動しなくてはならないのだ。このような不甲斐ない結果になって申し訳ない」

 すると今度はアフマド中佐が行政院長に言った。

「そこで行政院長、貴方に政府になってもらいたい」

 行政院長は即座にその言葉の意味を理解して頷いた。そこへ台湾軍の通信兵がやってきた。

「海軍の哨戒機が中共海軍を捉えました。上陸艦隊が動き始めたのです」

 事態は急激に加速していた。

(2014/10/23)

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