三.作戦発動
普天間の移転先を巡って鍔迫り合いが行なわれている頃、中国では侵攻作戦の準備が着々と進められていた。しかし、その動きは極めて小規模―斬首戦略は奇襲性を武器とする作戦であり大兵力を用いるものではない―であり、西側情報機関はその意味を普天間問題で揺れる日米関係を揺さぶるための示威行為であると見誤った。そしていよいよXデイが訪れた。
第一撃を担ったのは東風15型短距離弾道ミサイルである。射程600キロのこのミサイルは数十発が短時間のうちに発射され、台北周辺の防空施設を集中的に攻撃した。
その混乱の最中、福建省各地の飛行場から十機ほどの輸送機が飛び立った。旧ソ連が開発したアントノフ24型輸送機を中国が国産化した運輸7型機で、50名ほどの兵士を運ぶことができた。さらに海上を多数の擬装漁船や商船が台湾海峡を渡っていた。どの機体、船にも完全武装の兵士を乗せていた。彼らは海兵隊と空挺部隊の精兵、さらに市街地戦能力に長ける武装警察特殊部隊から成っていた。
最初に台北の地に展開したのは擬装船舶で台湾海峡を渡った海兵隊部隊で台湾各地に潜伏していた工作員とともに空挺部隊の降下に適する台北周辺の地点を確保した。そしてそこへ空挺部隊が次々と降下していたのである。そして彼らは分かれて台北の要所制圧に向かった。
台湾政府に対応する暇はほとんど無かった。突然の弾道ミサイル攻撃に混乱している間に要所を制圧され、指揮系統は寸断された。総統府も特殊部隊に襲われ、総統と一緒にいた側近は中国武装警察によって逮捕され、何処かへと連行された。難を逃れた台湾首脳部の者もいたが、軍やその外の治安部門と連絡をとることができずにいた。
台湾の首脳部はまさに“斬首”された。精鋭台湾軍も指揮系統を寸断され、命令も情報も届かない状態になって機能不全に陥った。各所で指揮系統回復の動きがすぐに始まったが、その成果が実るには暫しの時間が必要であった。しかし、既に傀儡政府を打ち立てるべく行政官を乗せた特別機が台北に向かって出発していた。
時間は残されていなかった。
この動きはただちに大統領に伝えられた。中国の期待とは裏腹にアメリカには台湾を見捨てるつもりなど無かった。アメリカの覇権を裏打ちするのは海洋の覇権である。世界最強のアメリカ海軍が7つの大洋の制海権を維持することによってアメリカと西側諸国の通商路が守られ、交易を行なう事ができて資本主義を謳歌することができるのだ。
台湾を失えばアジアにおける大動脈である通商路が通るバシー海峡が中国の勢力下に入るとともに中国の太平洋進出の足掛かりとなる。台湾を失うと言う事はアメリカの太平洋における覇権が危機に晒されることを意味する。故にアメリカは台湾を見捨てるつもりなどなかった。
しかし世界に経済と政治の両面で大きな影響力を持ち、かつ核兵器を所有する中国との全面戦争はアメリカとしても望むものではなかった。
「沿岸部の部隊の移動が始まりました。おそらく傀儡政府の樹立後に、その政府に反乱軍討伐とでも理由をつけて軍派遣を要請し、それを大義名分に台湾海峡を渡るつもりでしょう」
大統領安全保障担当補佐官が中国の意図を説明した。
「台湾軍にそれを阻止する能力は無いのか?」
大統領の質問に補佐官が首を振った。
「中国軍は台湾の中枢を押さえたのです。政府からの統制を失った軍隊はもはや烏合の衆に過ぎません。組織的な抵抗ができなければ中国軍の敵ではないでしょう」
「大金を注いで創りあげた近代軍がいとも簡単に崩れるのだな」
大統領は補佐官の説明するシナリオを信じきれずにいた。
「軍が文明的であるための代償です。組織としては脆弱ですが、文民統制を維持するためにはやむをえないのです」
「よろしい。我々にとれるオプションはなんだ?」
「問題は中国が正規軍を台湾に上陸させ、これを既成事実化してしまった場合には、奪還するなら中国との全面戦争を覚悟しなくてはならないということです」
補佐官が指摘した。
「外交的には巧くありません」
国務長官が続けて指摘した。
「我が国は公式には“台湾政府”の存在を認めていません。あくまで中国の一部としています。我々には中国が台湾を制圧した場合に、台湾のために全面戦争をする正当な理由がないのです」
それに商務長官が続く。
「経済への悪影響が計り知れません。世界経済はリーマンショックの痛手からは立ち直っていませんし、欧州経済も危機的な状況にあります。そこへアメリカと中国が全面戦争という事態になれば、新たな世界恐慌の発端になりかねません。しかも相手は核保有国ですよ?」
閣僚からの否定的な意見に大統領は溜息をついた。
「つまり我々は中国の覇権主義的な伸長に対して、指を咥えて黙ってみてろ、と言うのか?」
安全保障担当補佐官は首を横に振った。
「いいえ。事態を我々に有利な方向へ収拾する唯一の方策があります」
「それはなんだね?」
「つまり中国の台湾領有の既成事実化を阻止し、逆に我々の台湾への介入を既成事実化するのです。中国とて我々との全面戦争を望んでいません。我々がそれを躊躇するように、彼らも躊躇している筈です」
大統領は補佐官の主張に興味を持ったようだ。
「具体的にどう対処するのだね」
というわけで第3話投稿です。台湾事変を連続して更新ということになってしまいました。日韓大戦も世紀末もどうも筆が進まなかったものでして(汗
(2014/10/23)
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