言えない思い
新しい高校生活が始まり、舞桜の穏やかな日常は、すぐに賑やかなものへと変わっていった。
顔立ちも雰囲気も可愛らしく、優等生で、誰にでも分け隔てなく接する舞桜は、あっという間にクラスの人気者になっていた。
そして、その人気は当然のように告白という形で現れる。
「小林さん、俺、ずっと小林さんのこと見てました。付き合ってください!」
放課後、下駄箱の前や教室の隅で、何度もそんな言葉を聞いた。
舞桜は、その度に真っ赤になった顔で、「ごめんなさい……私……」と、そこまでは言えるのだが、その先がどうしても続かなかった。
心の中にいる運命の相手への想いを口にするのは、なぜかひどく気恥ずかしくて、とても言えたものではない。
かと言って、彼氏がいるわけでもないのに、「いる」と嘘をつくこともできない。
舞桜は、ただでさえ押しに弱い性格も相まって、「どうして?」「なんで俺じゃダメなの?」と食い下がられるたびに、いつもタジタジしてしまうのだった 。
だが、そんな舞桜を、常に見守る瞳があった。
それは、小学校からの幼馴染で親友の野々村咲希だ。
今日もまた、舞桜が男子生徒に囲まれて困っている姿を見つけると、咲希は迷わず二人の間に割って入った。
「ごめんね、舞桜には彼氏がいるからさ。迷惑だから諦めてあげて。」
ハキハキとした咲希の言葉に、男子生徒は不満そうに眉をひそめる。
「彼氏がいるなら、そう言えよ!」と捨て台詞を吐きながら去っていく背中を、舞桜はただ申し訳なさそうに見つめていた。
そして、男子生徒がいなくなると、咲希はぷくりと頬を膨らませて舞桜に言った。
「もう!いちいち私が助けに行くのも大変なんだからさ、舞桜も本当のこと言って断りなよ。『私には運命を信じてる人がいるから』ってさ!」
咲希の言葉に、舞桜は顔を赤くしてブンブンと首を振った。
「無理だよ、咲希!そんなこと、恥ずかしくて言えないよ!」
そんな舞桜の言葉に咲希は呆れたように笑いながら、
「恥ずかしいって……舞桜らしいけどさ。いつまでそうやって、うやむやにするつもり?」と言った。
だが、その瞳の奥には、いつも舞桜を気遣う優しさが宿っていた。
舞桜は、咲希の言うこともよくわかっていた。
でも、いつまでも初恋の幻を追い続けている自分は、きっと子供っぽいのかもしれない。
一途に信じ、大切にしたい気持ちがある一方で、心のどこかでは「こんな浮ついたことをずっと思い続けてる自分は、恥ずかしいのかな」「もしかして、おかしいのかな」「もういい加減、諦めた方がいいのかな」という思いが、時折、舞桜の心をよぎるのだった。
それでも、あの桜の木の下で出会った男の子の笑顔と「素敵な名前だね!」という言葉は、舞桜の心から決して消えることはなかった。




