伝えたい事実
舞桜からの告白を受けて、拓斗は深い葛藤の中にいた。
舞桜の真剣な想いは確かに伝わった。
だが、その想いが、果たして本当の自分に向けられているのか、それとも幼い頃の初恋の影を追っているのか、拓斗には確信が持てなかった。
そして、その疑問の根源にあるのは、彼自身の記憶喪失という事実だった。
咲希に口止めされているとはいえ、このまま真実を隠したまま舞桜と関係を進めることに、拓斗は強い抵抗を感じていた。
拓斗は、その夜、咲希にメッセージを送った。
〈少し、話したいことがあるんだけど。明日、時間あるかな?〉
翌日の放課後。
拓斗は咲希を呼び出し、人通りの少ない場所へと移動した。
咲希は拓斗のただならぬ雰囲気に、何かを察したように真剣な表情で拓斗を見つめる。
「突然ごめん。もう知っているとは思うけど、この間、舞桜に告白した。それで昨日、舞桜からも告白されたんだ。」
拓斗は静かに切り出した。咲希は小さく頷く。
「なのに……、舞桜からの告白を受けて、改めて考えてしまったんだ。」
拓斗は、言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。
「正直、舞桜が俺のことを好きだって言ってくれた気持ちは、本当に嬉しい。だけど、もし、舞桜が俺に抱いてる気持ちが、初恋の男の子の面影を重ねているからだとしたら……」
拓斗の言葉に、咲希の表情が曇った。
舞桜の悩みを間近で見てきた咲希には、拓斗の懸念が痛いほど理解できた。
「俺は、幼い頃の記憶がない。だから、舞桜がずっと想ってるその男の子が、本当に俺なのかどうか、分からない。もし、俺がその男の子じゃなかったとして、それでも舞桜は、今の俺を、そのまま好きでいてくれるだろうか……」
拓斗は、苦しそうに眉間にしわを寄せた。
「だから、記憶喪失のことを、舞桜に伝えたいと思ってる。」
拓斗の言葉に、咲希は息を呑んだ。
あの時、舞桜を傷つけたくなくて、咲希は拓斗に口止めをした。
けれど、拓斗の真剣な眼差しは、その決断がいかに彼を苦しめてきたかを物語っていた。
咲希は、舞桜の幸せを願う一方で、拓斗が真実を伝えようとしていることに、複雑な思いを抱いていた。
「もし、その事実を伝えて、舞桜の気持ちが揺らいでしまうとしても、俺は、嘘をついたまま舞桜と向き合うことはできない。舞桜には、すべてを知った上で、俺を選んでほしいんだ。」
拓斗の言葉は、彼の舞桜への真剣な愛情の深さを物語っていた。
咲希は、葛藤しながらも、拓斗の覚悟を受け止めるしかないと悟った。




