9:え? これってデートなの?
数人に挨拶を終えたらしいスヴェンが、私たちのいるベンチ方へ足早に戻ってきた。
「少し一緒に見て回らないか?」
「そう、ですね」
流石に断るのもなと思い、ベンチから立ち上がってスヴェンの右腕に左手を絡めると、ビクリと体を揺らされてしまった。怯える? 怖がる? いや、驚いた、って感じかな。
「あ、急に触れてすみませんでした」
スヴェンの反応から、もしかしたらエスコートは相手から言われてからするものなのかなと反省しつつ、腕をほどこうとしていたら、そっぽを向いて「そのままでいい」と言われてしまった。絡めていた手首を左手でガッツリと握られて。
その格好、歩きづらくない? と思っていたら、流石に直ぐに解放されたけど、エスコートスタイルは継続のもよう。
ぽてぽてと歩き、屋台を一軒一軒覗いてみる。
本当にいろんな屋台がある。今は冬に備えての屋台が多く出ているらしいけど、普段からある飲食の屋台や食材の屋台、ちょっとしたアクセサリーの屋台なんかもあるらしい。
「あ、オレンジだ」
「好きなのか?」
「はい。そのままでもいいし、お菓子とかにしても美味しいですよね」
輪切りにして砂糖漬けして焼いて乾燥させたあと、チョコをかけても美味しい。
りんごは日本で見ていたやつより一回りくらい小さめで、皮がテッカテカしていた。ワックスとかなのか、そういう品種なのから分からない。スヴェンいわく皮ごと食べられるそうなので、そういう品種なのかも。
果物屋さんを通り過ぎると、様々な野菜を並べている屋台になった。見たことあるものから見たことのないもの、なんか見た目がちょっと違うもの、色々だ。
「うわ、ネギが太い」
「君のところは違うのか?」
「はい。これの四分の一くらいの細さ、かな?」
「そんなに違うのか」
品種の違いなのか、収穫時期の違いなのか……これもよくは分からない。
カボチャやキャベツ、じゃがいもにトマトなんて見ていたら、頭の中にどんどんと食べ慣れた料理たちの映像が浮かんできた。
辺境のお城での食事は本当に美味しい。だけど毎日のように豪華な食べ物は慣れていなかったこともあるのか、どんどんと食欲が落ちてきていた。でも出されたものは食べなきゃとなり、ここ最近は食事自体が結構辛かった。
――――シチュー、食べたいな。
ブラウン色のビーフシチューじゃなくて、白いもったりとしたクリームシチュー。鶏肉とかブロッコリーとか入れて、ゴロゴロのじゃがいも、にんじん、カボチャもいいよね。
まぁ、賛否両論なんだけどさ、カレーみたいにご飯にかけるの、好きなんだよなぁ。
ほかほか炊きたての白米が食べたい。
出汁がよくきいたわかめのお味噌汁が飲みたい。
しっかりと味が染みた鯖の味噌煮を箸で食べたい。
柚子がふんわり香る白菜の浅漬けをポリポリ噛みたい。
そんなことを考えていると、自然と涙が溢れ出しそうになる。もしかしたら、ホームシックに近い状態なのかもしれない。
瞳に滲み出てしまった涙を散らそうと瞬きを繰り返していたら、スヴェンが気付いて頬に手を伸ばしてきた。
「あー! りょーしゅさま、うわき、してるー」
「ほんとだ! あのこわーい、奥さんじゃない」
「こら、領主さまをからかうなよ! かぁちゃんたちにどやされるぞ!」
どこからか、子どもたちがわらわらと走ってきて、私たちの周りに集まり始めた。皆の口から『浮気はだめ』『バレたらヤバい』『暴れる』『殺される』『刺される』なんて、なかなか物騒な言葉が飛び出てくる。
下は二歳くらい、上は十歳くらい。幼い子どもたちがどこでそんな言葉を仕入れてくるんだ!?
「浮気じゃない」
うんうん、そうだよね。浮気じゃないよね。そんな感情は私たちの間には存在しないもんね。ただの視察についてきただけの人ですよ、私……と、人畜無害を主張できるような、のっぺりとした顔で微笑んでおいた。大元がキャスリンなので出来ているかはわからないけど、ようは気持ちだ。
「おくさんいがいと、デートしてるのにぃ?」
少年よ、そんなでかい声で言うでないよ。あと一応外見は奥さんのキャスリンだよ。限りなくノーメイクだけど。そもそもデートじゃないからさ?
「奥さんとデートだ」
「――――え?」
子どもたちがキャッキャと騒いでいるから、いまいち聞き取れなかったことにしたい。デート? え? これってデートなの?
「えー? あのこわいひとじゃないよ?」
「……あー…………今日は機嫌がいいんだ。怖くない」
――――今日は、て。
というか、子どもにも怖いと認識されてるキャスリンが、逆に凄いなと思えてきた。あの子、本当に今までなにをやってきたのよ。
「うそだぁ」
「違う人だよぉ?」
「りょうしゅさま、うそだめ!」
化粧や服装でそんなにも変わるのかな? なんで子どもたちは私をキャスリン認識しないんだろう? でも大人は直ぐに気づいたしなぁ。
子どもたちなりの判断材料が、キャスリンの直情さといえば聞こえはいいけど、たぶんヒステリックな面だけなのかもしれない。
「嘘じゃない。奥さんとデートしている」
騒ぐ子どもたちにそう答えたスヴェンは、とても柔らかな微笑みを零していて、まるで春の陽射しのようだった。
――――っ、
心臓がドクンと大きな鼓動を打った。
それは凄く懐かしい感覚だった。中学とか高校の時に抱いた気がする、この感情。それが何か、はっきりと認識したくなくて、考えないことにしたけれど、酷く落ち着かない。
これは抱いたら危ないやつ。
考えるな。
気づくな。
気づかれるな。