4:どうやったら戻れる?
スヴェンに連れられて、城内を歩く。広い。広すぎて戻り道を覚えられるかちょい不安だ。
断罪シーンから逃げ出したときは、そのへんにいた人たちを捕まえながら必死に部屋に戻った。そのおかげで、実はキャスリンの部屋がお城のどの位置にあるのかとか分かっていない。
「ここが食堂だ」
「広っ!」
晩餐会でもやれそうな程にきらびやかで広い空間。そして、そこにある大きな長机。
スヴェンがそんな机の真ん中の席に座った。両サイドがガラ空きなんですけど、これ二人で使うの? 私はどこに座ればいいんですかね?
「なにをしているんだ? 早く座りなさい」
「あ、いや。どこに?」
「……あぁ、そうか。私の正面に」
そう言われてスヴェンの正面に回ると、執事さんみたいな服を着たおじいさんがイスを引いてくれた。なるほどここに座ればいいのか。
こういうときのイスって、座るタイミングがわからないよね? ドギマギしながら座ってごめんなさいと心の中で謝っておいた。
「で、こうなった経緯を聞いても?」
給仕さんたちなのかな? ちょっと簡素で白っぽいお仕着せの人たちがカチャカチャと朝食を運び終えて退室していったあと、スヴェンがそう聞いてきた。
経緯と言われても、本を読んでいたとしか説明のしようがない。
「本?」
「はい。スヴェンが……あ。ごめんなさい。スヴェン様が」
「スヴェンだけでいい」
――――いいの? まぁいいか。
「えっと、スヴェンが主人公として書かれている本を読んでいたんですよね」
「私が主人公?」
「はい。キャスリンの断罪シーンになって、ハワハワしていたら、スヴェンが離婚を言い渡す瞬間にキャスリンと入れ替わっていました」
「…………どうやって?」
知るか! 知ってたら戻ってるよ! というかどうやってって、どうやってか出来るものだと思ってるの? いや、聞いてきたから知るわけないか。え? てか、どうやって戻るの?
「君にも、わからないのか?」
「はい。ミリも」
「だがあの女は、君が原因だと言っていたが?」
――――あの女? って、キャスリンか。
正直、私はキャスリンが原因だとばかり思っていた。なんか知らないけど、神様的な存在がキャスリンの願いを叶えたとか、そんなんかと。
いやそもそも、ここって本の中だから、それもそれで可怪しい話なんだけど。
これからどうする気なのかと聞かれて、無言になった。どうするも何も、どうしようもないからだ。
「責めてはいない」
「……はい」
朝食を取りながら、あちらの世界では何をしていたのだとか、キャスリンは何をしているのかとかの話をした。
そして、私はどうしたいのかと聞かれて、具体的なことは何も答えられなかった。
「ゆっくり考えるといい」
「はい。ありがとうございます」
「その顔で、しおらしくされ、謝られると……気持ち悪いな」
「ひどっ!」
「んははははっ」
スヴェンはよく笑う人なんだな。物語の冒頭では、怒りや疲れた感情ばっかりだったから、スヴェンがどんな人なのか、まだちょっと掴めていない。
朝食を終え、スヴェンは執務に向かうそうなので、私は部屋に戻ることにした。
お昼と夜も、この食堂で取るようにと言われた。お昼はなかなか時間が合わないが、朝と夜は一緒に食べるようにとも。
ずっと一人暮らしだったから、他人と一緒にご飯って、懐かしい感じがする。それとともに少しの緊張も。
だって、ここお城なんだよ。そして、食事が豪華! 食っちゃ寝状態だけど、太らないかもちょいと心配だ。
「はぁぁぁぁぁ」
食っちゃ寝を心配したものの、部屋に戻って直ぐにうつ伏せでベッドにダイブ。
キャスリンのせいで、変な汗をかいたし、半裸という恥も晒した。私が晒してはないのになんで私が辱められるのよ、まったくもう。キャスリンめ!
スヴェンはどうしたいのかと頻りに聞いてきていたけど、そもそもスヴェンはどうしたいんだろう? キャスリンと離婚しようと決心したくらいだから、顔も見たくないとかになってるんじゃないの?
かといって、それをスヴェン本人に聞いてしまったら、詰むわよね? だって、このお城のトップってスヴェンでしょ? キャスリンは自分の父親に言えって言うけどさ、いやこんな奇想天外な出来事とか普通は信じられなくない?
スヴェンは鏡を見たからいけたけど。キャスリンの父親は信じてくれるのかな? なんか偉そうな立場の人だけど、辺境に来てって言って、来てくれるものなの?
そもそも、あの鏡台を持ってキャスリンの実家に帰ったとしても、鏡で通信出来るか分かんないよね。
「…………詰んでる」
そう、詰んでいるのだ。
夕方にキャスリンに報告しなきゃなぁ。朝の逃げ方からして、夕方にちゃんと来てくれるかは、ちょっと不安だけど。
『あら、あの男にも優しいところがあるのね』
「え? うん」
割と柔軟で優しい人だと思っていたけど。まぁ、対キャスリンになるとめちゃめちゃ厳しいのかもしれない。そこはキャスリンのせいだろうけど。
「とりあえず、スヴェンは追い出そうとしてないし、この部屋にいていいんだろうけど……」
『ずっと部屋にいてもつまんないんでしょ?』
「……うん」
『分かるわよ。こっちの世界って、目まぐるしいもの』
キャスリンの部屋にいても、やることってない。キッチンみたいなのはあるけど、今のところ食事やお風呂のときに、通りがかりの使用人さん捕まえてお願いするくらい。キャスリンに使い方教えてって言ったら、『使用人を呼びなさいよ』とズバッと切り捨てられたから。
使用人さんたちと話そうとしても、めちゃくちゃ怖がられてて、全てに『はいっ!』しか言われなくて、何か聞いても『お好きにされてください!』しか言われない。お好きにできないから聞いてるのに。
そして、キャスリンも好きにしろばっかり。
上司やお客様の顔色を伺い続けている社畜根性で固められた日本人をナメるなよぉ!? 好き勝手とかできないんだよぉぉぉぉ。
そんなこんなで、キャスリンに毎日のようにクダを巻きつつ過ごしていたら、二週間も経ってしまっていた――――。