キャスリン閑話⑤:私だけの恋だから
リンの世界に来て半年。
リンは、スヴェンと上手くやっているようだった。
あの子は踏み出すのが遅いけど、踏み出してしまえばガンガン突き進む子だと思っている。
それに対して私はガンガンと突き進むくせに、行き止まりにぶち当たるとそこから動けなくなる。そして、周りのせいにする。自分は悪くないと。
だからだろう。皆、私じゃなくあの子を好きになるのは――――。
そこで気が付いた。
私も、リンの真似をすれば皆に……黒田玲に好かれるのだろうか?
「お疲れ様でした」
「――――凛っ」
仕事を終えて帰ろうとしていたところに、黒田玲が駆け寄って来た。
「このあと、何か用事はあるか?」
少し気まずそうに聞かれて、返答に迷った。
用事はない。ただ、どう答えたら、黒田玲に好印象なのだろうかと。
――――リンのように?
「何もないよー。どうしたの、玲くん?」
「っ、凛!?」
黒縁メガネの向こう側で瞳を大きく見開いて、黒田玲が心底驚いているようだった。
どうやら上手くリンの真似が出来たらしい。
「り、凛……このあと何か食べに行かないか? ちょっと話したいことがあって…………」
「うん、いいよ。玲くんはこのまま直帰なの?」
「あぁ……店に予約入れるから、ちょっと待ってて」
このときの私は、黒田玲が『リン』に驚いてくれていることが嬉しくて、黒田玲の気持ちなんて考えてなかった。
ちょっと静かめで個室のある焼き鳥屋に。
私は赤ワイン。黒田玲はビール。
「かんぱーい」
グラスを差し出すけれど、黒田玲は無反応だった。
「…………なぁ」
「うん? なに?」
「ソレ、やめろ」
私を睨みつける黒田玲の瞳と言葉には、明らかな強い拒否が含まれていた。
「……何が?」
分からないふりをして、困ったように笑いながら首を傾げる。
「っ! お前、マジで……クソ最低なことをしてるって分かれよ」
「……リンにそっくりでしょ?」
「似てねぇよ。なんなんだよ……お前さ、自分はないのか?」
会ったこともない相手と、言われるがままに結婚。
自分の意思なんて、通せない世界で生きてきた。
――――あるわよ。
私は私として生きたかった。でも、許されなかった。
お父様は好きにしていいと言ったけど、スヴェンとの結婚は王命。断ればお父様の立場が危うくなる。
スヴェンを無視することが唯一の反抗だった。
「……誰も、私を好きになってくれないもの。この世界でも、あっちの世界でも、ひとりぼっち」
「あっち……? アンタ……やっぱり、凛じゃないんだな? アンタは一体何者なんだ? 本物の凛はどこにいる」
「言っても信じないわよ」
「なんでそうやって、端っから諦めるんだよ。普段は気が強いうえに根性ねじ曲がってるくせに」
――――酷い言われようね。
でも本当のこと。私は酷い女。
この世界で言う、異世界恋愛の物語の中にいる『ざまぁ』される存在だもの。
心配されるのはいつだってリン。
「悪役令嬢よ」
「…………は?」
黒田玲の口から漏れ出たのは、その一言だった。
「物語の中によくあるでしょ? 異世界転移」
「……アニメとかのか?」
「そ。私はキャスリン・フィグマール。本の中の悪役令嬢よ。木八洲凛と入れ替わったの。ステキなステキな旦那様に、離婚を言い渡される瞬間にね」
まぁ、当然の結果だったんだけど。リンには申し訳ないことをしたなとは思っている。
あの世界で使用人たちから向けられる視線は、リンには悪感情だらけの衆人環視の中に放り込まれたようなものだったはず。
あの子が部屋から出るのを無意識に怖がっていたのは、そのせいでもある。
解離性か? なんて黒田玲がボソボソと独り言ちながら考えているのを見るに、やはり信じられない出来事なのだろう。
私も、自分が当事者でなければ、絶対に信じなかったと思う。
「アンタと凛が入れ替わってるってことは、凛は無事なのか? 離婚を言い渡される瞬間って……大丈夫なのか? アンタの世界はどんな世界なんだよ」
そこから、私の世界のこと、スヴェンとの関係やリンの現在など、お酒やおつまみを食べつつ色々と話した。
黒田玲は信じられないといった反応を出しつつも、話は真剣に聞いてくれた。
期待、してしまった。
「じゃぁ、鏡を通じて凛やスヴェンってヤツと話せるんだな。俺も――――」
「嫌よ!」
思っていた以上に大きな声が出てしまった。
黒田玲の視線が鋭くなる。
「…………嘘だと、バレるからか?」
「ふふっ。ほらね、信じてくれないじゃない。私を見てくれないじゃない。鏡の中のリンを見てどうするの? リンはもうスヴェンのものよ? 黒田玲のものにはならないわ。私が馬鹿だったわ」
ぽろりと涙が零れ落ちた。期待した分だけ、胸が苦しくなるのだろうか。
こんなに苦しいのなら、好きにならなければ良かった。
「ごめん。言い過ぎた……キャスリン」
「っ! 信じてもいないのに、名前を呼ばないでちょうだい」
「信じてないわけじゃない。ただ、まだ飲み込めてないだけ……だと思う。ただ、アンタはキャスリンなんだろうなってのは納得できてる。時々、喋り方が金持ちのお嬢様って感じだしさ?」
そりゃあ、生まれたときから貴族令嬢やってるもの。抜けないわよ。
「なぁ、キャスリン」
「……なによ」
「キャスリンは、この世界でどうするんだ? 凛はあっちで幸せに過ごしているんだろう? キャスリンの身体で。キャスリンは帰りたくないのか? 身体を返してほしくないのか?」
「…………なぜそれを黒田玲に言わなきゃいけないの?」
「アンタのことを知りたいからだよ」
頬杖を突いた黒田玲から真剣な表情でそう言われて、顔が燃えるように熱くなった。
「ハハッ。そんな顔も出来るんだな!」
黒田玲が楽しそうに笑うが、私はちっとも楽しくない。
「可愛いな」
「凛が、でしょ?」
「キャスリンがだよ」
「っ!?」
黒田玲がクスクスと笑っていた。
それしか覚えていない。
朝、目覚めたら、私の部屋のベッドの中で半裸の黒田玲に抱きしめられていた。
「なっ――――!?」
『キャスリーン! ねぇ、まだ寝てるの!? キャスリンってば!』
「……なぁ、鏡か? あれ。声聞こえるんだけど?」
「っ! 起き……!?」
『キャスリーン!』
「ちょ、リン! 黙って! 今は黙ってて!」
「鏡に被せてる布、取っていいか?」
「いいわけないじゃない!」
なによ、この修羅場!
スヴェンに呼び出されたときより、心臓が止まりそうなんですけどぉ!?
「なんで鏡を見せてくれないんだ?」
ちょっと不機嫌そうな黒田玲。
脱ぎ散らかしていた服を押し付けて、半裸の黒田玲をお風呂場に追いやった。
なんでって、明らかにやらかしてるからじゃないの! と叫びたい。
バレたら、リンに胡乱な目で見られる気がする。もしくはニヤニヤ顔で話を聞き出そうとする。
その二択しかない。
ちょっと想定外の方向性ではあるものの、やっと動き出した恋。
諦めなくていいのかもって思ったら、余計に黒田玲をリンに会わせたくなくなった。今は。
この恋は、私だけのものだから、私の力だけで育てていきたいもの――――。
―― fin ――
ということで、ここで完結です!
そしてそして本日(7/13)、コミカライズも完結しました!!!!!!
いやぁ、ほんと楽しかった!
ってことで、ブクマや評価などしていただけますと、笛路が喜び小躍りし、5センチくらいは飛ぶ気がします☆
最後までお付き合いありがとうございましたヽ(=´▽`=)ノ





