2:そうだ! バラしてしまおう。
『はぁぁ、今日も楽しかったわぁ!』
「え……本当に大丈夫だったの!?」
キャスリンと入れ替わって三日目。
仕事に行かなきゃだけど、未だに元に戻る方法がわからない。風邪を引いたとかでしばらく休む方向で考えていた。有給は結構残してるし、って。
だけど、キャスリンが猛反対。『急に休んだら迷惑でしょ』とか言いやがった。悪役令嬢のくせに正論とかなんなのよ……。
キャスリンは仕事場で普通に働いて来たらしい。たしかに行き方も教えたし、バスの乗り方も、働き方も教えた。
でも、現代世界をミリも知らない天然のお嬢様が? しかも悪役令嬢が?
ドヤ顔のキャスリンに軽くイラッとしつつ、一応ことの成り行きを聞いてみた。
「本当に本当に大丈夫だったの!?」
『しつこいわねぇ。ちゃんと記憶喪失ってことにしたわよ。働きたい、お金がないって言ったら、心配されたけど、とりあえず接客してみようってなったのよ』
――――まじか。
『二十人くらいだったかしら? お話をした皆様が全身コーディネート、って言うの? ソレが気に入ったって買っていったわよ。店長様がボーナス増やすって言ってたけど、ボーナスって何?』
悪役令嬢、現代世界に馴染んでるうえに、めちゃめちゃ無双してた。
『で、貴女は何か進展したの?』
「……うぐ」
何も進展していない。
何なら部屋に籠城して、食っちゃ寝をしていただけ。
『馬鹿なの? 離婚したいって言ったんだから、実家に帰りなさいよ』
「いや、それすると大変なことになるよね!?」
『知らないわよ。お父様がなんとかするわよ』
でた! 甘やかされお嬢様発言!
そもそも、ここから出ていったら、この鏡台を持っていったとしても、キャスリンと繋がらなくなるかもしれないじゃない。
その場のノリとかで危険を犯して、元の世界に戻れなくなったら、後悔が半端ない。
そりゃ、元の世界に疲れ果ててはいたけどさ、全てを捨ててもいいとは思ってないもん。両親や友だちとか……友だちはあんまりいないけど。それでも!
『リンってヘタレよね』
「なっ!? なんでそんな言葉使えるようになってるのよ!」
『テレビ! オワライ、って面白いわよね!』
自分だけ謳歌しやがって! 狡い!
『じゃ、私はお風呂に入って、アイス食べながらテレビ見たりしなきゃだから』
「ちょ! 私のアイス!」
『どうせリンは食べられないでしょ』
「そうだけどぉ」
秋の肌寒い夜にさ、お風呂でしっかりと温まってから、ちょっと薄着して食べるアイス。しかも、カップ入りの高級品を買ってたのに。値段を言ったらキャスリンに鼻で笑われたけど。
『もう。リンはあの男くらい口煩いわねっ。じゃあ、また明日の朝ねー』
繋がっていた鏡が真っ黒になってしまった。どうやら向こうで鏡に布を掛けたらしい。
なぜ鏡が繋がっているかは謎だけど、私とキャスリンが部屋にいる間は、ずっと繋がり続けているらしい。
だから、自分の時間が欲しい時は、鏡に布を掛けておくことになった。そうすると、音も全然聞こえなくなる。どういう機能なのよ。
キャスリンの自由奔放さにムキィィィとなっていたら、部屋の扉がゆっくり三回ノックされた。
慌てて鏡台に布を掛けてから、扉を開けた。
「侍女も追い出し、部屋に籠もって三日目。部屋で騒いでいると報告を受けたが…………何をしていた?」
「あー……」
あの男こと、銀髪碧眼の目潰しキラキライケメン、スヴェン・フィグマール辺境伯が部屋に来てしまった。
「…………」
「何をしていた、と聞いたのだが?」
「っ…………あ……の……」
「ふむ。今更しおらしい振りか? 簡素な服を着て、反省をアピールか? 今更遅いな」
冷めた表情で眉一つ動かさずに、「早くお父上に泣きつくといい」と言い放たれた。
そのお父上がどんな人が知らないから、泣きつけないとか言えない。キャスリン情報がカスで頼れる予感がしない。
だって、何を聞いても『好きになさいよ』しか言わないのよ、あの子。
五歳下とは思えない貫禄と順応力が恐ろしい。
私、キャスリンじゃないんです。アッホみたいだけど、木八洲 凛なんです。名前が謎に被ってるだけで、中身が入れ替わってるんです。悪役令嬢のキャスリンは別の世界で私のアイスを勝手に食べてるんです!
……なぁんて言えたら、どんなに良いか……………………あ? お?
「あ! あーっ!」
「っ!? 急に叫ぶな」
そうだ、言えばいいんだ!
見せてしまえばいいんだ!
キャスリンに説明させればいいんだ!
私が言っても信じられないだろうけど、鏡を見たら一発じゃん?
他の人に見えない、という可能性は無いと思いたい。お願いだから、神様、その方向はなしで……ってか、神様がいたんなら、この入れ替わりの犯人って神様なんじゃ?
責任取れ神様、こんにゃろう!
「スヴェン様、明日の朝っ! 明日の朝七時に、この部屋に来てください」
「何故」
「あー……その、今後の話し合いをしたいので」
「今話せ」
あぁぁぁ、物凄く不機嫌っ。
このまま逃げ通すのはマズいなぁと思いはするものの、鏡の向こうを見せないと理解して貰えそうにもないのは確か。
「今は体調が優れないのでっ!」
「物凄く、元気そうだがな?」
「うぐぅ……」
「ふっ……まぁ、いい。明日の朝だな」
――――あれ?
いま一瞬だけ、ちょっと笑った?
気のせいじゃないよね?
笑った顔、可愛いのね。