7.真実
洗礼の儀から今日で丁度ひと月が経つ。
日に日に卵への愛情は深まり、本当にこの日を心待ちにしていた。
ねえ、はやくあなたの顔を見せて?
どんな姿でもどんな能力でも、大切にするよ。
心の中でそんな風に声をかけながら卵を撫で続けた。
両親も今日ばかりは仕事を休んで私と一緒に卵が孵化するのを待っている。
2人の精霊たちも興味深そうに様子を伺っていた。
今日はあいにくの雨。静寂の中、屋根の瓦を雨が叩く音が聞こえてくる。
朝を過ぎ、昼を過ぎーー
もうすぐ夜の帳がおりようとする時刻になったが、まだ卵がかえる気配はない。
母さんが立ち上がり「そろそろお夕飯にしましょう」と台所に向かおうとしたその時だった。
ホワン、と卵が光る。
見たことのない挙動に、一同固唾を飲んで凝視。
ホワン、ホワン
間隔をあけて、今度は二度光った。
卵が光る間隔は徐々にはやまり、光も柔らかいものから強いものへと少しずつ変化していった。
光初めて10分後、ついにその時がきた。
一際強い光が我が家を包み込んだ。それは以前大聖堂で卵が現れる時に放った光と同等。もしくはそれ以上の光。私達は咄嗟に目を瞑る。
【アルマーーーー】
声が聞こえた。
卵の、中から。
恐る恐る目を開けると、そこにいたのは小さな少女の姿をした精霊。
ゆったりとしたウェーブの黒髪は彼女の腰まで長く、大きくつぶらない瞳は夜空に輝く星のように美しい金色。
「この子…私…?」
私の容姿にひどく酷似しているのだった。
両親の精霊は両親に似ていないので、精霊が卵を育てた人間に似るということはありえない。
となると、何故ここまで私に似ているのかーーー
そんな事を考えていると、
【アルマ、やっと逢えましたね】
私の精霊が喋ったのだーーーーー
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神星国アスティラン、王都パラディ
某所
薄暗い部屋に影が一つ。
室内には小さな洋燈の灯りがちらちらとその人物の姿を捉えようとしているが、その小さな灯りでは捉えきれず、影だけが揺れている。
「はい。卵がかえりました。やはりあなたの想像していたとおりの結果です」
影の人物が虚空に向かって喋る。
「ええ、承知しております。必ず成功させますよ」
そうここにはいない何者かに告げると、影は灯りのとどかぬ範囲に下り、静かに姿を消した。
外からは大雨の後と共に雷鳴が鳴り響く。
部屋には未だちらちらとゆれる洋燈の灯りを残したままーーーーーー
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「あなたは…夢の中の声…?」
【そう、夢の中であなたに声をかけていたのは私です】
「なんで…精霊が喋っているの?父さんや母さん、他のどの精霊だって喋ることはないのに!」
【それはーーーーー】
「それはね、アルマ。この方が輝神教の主神、星女神ステラル様の仮の姿だからよ」
…今、なんて?
ステラル様の、仮の姿?なんでそんな方の仮の姿が、私の卵から産まれたの…?
それに、なんで、母さんがそんなことーーーーー
「お久しぶりでございます。ステラル様。かわらない…というのは失礼に値するかもしれませんね。」
【そうねジャン…。あなた達にこの子を預けた時と比べると、やはり力は弱まっているわ】
そう言いながらステラル様は、私の方を見やる。
この子…?預けた…?なにを、なにを…言っているの?
「15年…ですものね」
【神の私にとっては一瞬のような時間ですが、相手をみくびっていたようです…】
「そうですか…」
「ねぇ!父さん母さん!!なにを…なにを言っているの?!預けたって何?!いったいどういう事なの?!説明してよ!!!」
「アルマ…」
【その説明は私からしましょうーーーーー】
そして星女神ステラルは語りはじめた。
真実をーーーーーー
【はじまりは16年前に遡ります。この国を建国してから当時まで、私はかわらずこの国の民達を見守っていました。しかしある日突然、この国の過去や未来ほぼ全てを見ることができなくなってしまった。私の神の力が大幅に減ってしまったの。…おそらく原因はこの国の中枢のどこかで、私の力の源である『星の力』を奪っている者が現れたのだと推察されるわ…。力を失った私には、誰がそんな事をしているのかも視ることができなくなってしまいました…。このままではこの国は私の加護を受けられなくなり、国は滅びの一途を辿ることになってしまう…それだけは何としても避けたかった。しかし力を失った私は直接できる事はなかった……。そこで私は、最初の王族たちを作った時のように精霊を創り出した。そう、それがアルマーーーあなたなの。】
星女神ステラルは私を一瞥し、一つ呼吸を置いて続ける。
【以前の私なら精霊をすぐに使役できるよう卵もなしに創ることができたのですが、力を失った今では、卵の姿からでないと創り出すことすらままならない。
となると、人の手を借りなければなりませんでした。中枢は誰が私の敵なのかわからない現在、託すことができない…。その為、ずっと子どもを欲しており、且つ以前より信心深かったブラン夫妻にあなたを託すことにしたのです。私の依代になる精霊を下賜できる15歳になるその日まで……。私は既に洗礼の儀の前夜の夢に、声でのみしかあなたに接触することができなくなるほど力が弱っていた…。なので説明をするのがこんなにも遅くなってしまったの。……本当にごめんなさいね】
【アルマ。突然の事で本当に驚いているでしょう。でもこれは国の一大事なの。どうかわかってちょうだい。そして、あなたの力を貸してちょうだい。この国のどこかに巣食う悪きものどもを打ち滅ぼしてほしいのです】
「じゃあ…私は人間ですらない精霊で、精霊だから…父さんと母さんの本当の子ではないってこと……?ねぇ!父さん!嘘だって言ってよ!!母さん!!!」
「アルマ…私達は…」
「言い訳なんて聞きたくない!!!だってこの前母さん、私を身籠ったとき『早く元気に産まれてきますように女神様に祈ってた』って!!そう言ってたじゃん!!ねぇ!!あれは嘘だったの?!女神様に言われたから、私を愛しているフリをしていたの??!そうでしょ?!だからそんな嘘がつけたんだ!!!」
「アルマ!!いい加減にしろ!!リュシーがどれだけお前を愛していたか、わかるだろう!!」
「わからないよ!!だって、母さんも父さんも私を騙していたんだよ?!そんな人たちの何を信じろって言うの?!」
「やめなさい!」
「うるさいうるさいうるさい!!もういいよ!!!最初から私は2人の子じゃないんだったら!私なんか!本当はいらなi」
最後まで言い切る前に、頬が痛みはじめる。
父さんが、私を、打った。
いつも私を優しく撫でてくれる、私の大好きなその手で。
今まで何度も怒られてきたけど、打たれたことなんて一度もなかったのに。
ああ、そっか。
ーーー私が2人の本当の子どもじゃないからだーーー
私は家を飛び出した。
あの場所に1秒たりとも居たくなかったから…
後ろから母さんの泣き叫ぶ声が聞こえたが、私は聞こえないふりをした。
つい先ほどまで小雨だった外は、いつの間にか大雨になっており、私に冷たく打ち付ける。
もう、雨なのか涙なのかわからないほど顔はぐちゃぐちゃになっていた。
こんな真実なんて、知らなければよかったーーー
お読みいただきありがとうございます!
作者はこういう展開が大好物です☺️笑
次回もなるべくすぐに投稿しますので、よろしくお願いいたします!