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未定

かきっと音をたたせてチョコレートを食べている目の前の男は、中学時代からの友人である。ここからはAとよぼう。どうやらAが食べているそのチョコレートは砂糖がかなり使われた甘いものらしい。一方私はいわゆるダークというやつで、酸味を感じるほど苦かった。暫くの間Aとの会話がなく、沈黙が続く。その静寂を嫌うように桜の香りを孕んだ風が吹いた。それと同時にAはでは、行こうと体を重たそうに動かして歩き始めた。私も後に続く。朝の日が眩しい。

私たちは今日花見に来ている。今は少し休憩を取っていたところだった。先日同居していた私の祖母が亡くなり、落ち込んでいる私を気遣ってAが気晴らしにでもと、地元から2駅分、といっても田舎なものでその距離は東京のそれに比べればうんと長いが、割と近場の桜に誘ってくれのだ。出店も溢れんばかりに並び、騒がしい程である。

Aとは学生のときよく私の家で共になんともない時間をすごしたのである。そのこともあってAも祖母を実の祖母のように思っていた。だからAも本当は他人のことを気遣えるほど心の余裕というものはないはずなのだ。しかしAはそうゆう人間なのである。

そう深々と考えていると、まだ七つ八つほどの男子がなんとも消えそうな声で泣いているのである。私たちは寄ってどうしたのだいと声をかけた。どうやら風船が風に飛ばされてしまったらしい。私は上を見たがもうどこにもなかった。次はその男子があっと何かみつけた声を出すのでその目線の先を見ると、息を切らした女がこちらに向かって走ってくる。

「ごめんねぇ。風船見つけれんかったわぁ。」

男子の母のようだ。母のその言葉に男子の目に光が集まって流れ星のように何度も零れていくのを眺めていた。母は子の涙を拭い

「またさっきの所で買おう。同じ色のを。ね。」

Aと私はそういえばとさっきいろんな出店があるなかに色鮮やかな風船の店を見かけたのを思い出した。男子は、いやとばかり言っている。

「新しく買うのもさっきのといっしょよ。」

母は困りながらも男子を諭す。ようやく男子は頷いて母と手を繋いで歩いていった。私はあの母の言葉に妙に嫌気がさしたのと同時に男子に同情し、羨ましく思いそして妬んだ。あぁ、ずるいなと思った。思ってしまった。

なんともいえぬ気持ちになり、Aの何か話していることに私は首を触って適当にうん、うんと相槌した。


カラカラと日が照っている昼下がり、私とAは人のあまり並んでいないうどん屋に入って少し遅めの昼食にすることにした。

案内された2人がけのテーブル席に座り、メニューを取る。私たちはそれほど腹を空かしていた訳では無かったので、私はなにもトッピングのない辛口冷やしうどんを、Aは甘だれの冷やしつゆうどんを頼むことにした。注文を終えると、Aは話し出した。

「おばあさん逝ってまったな。」

胸がきゅっとなった。

「…そうだな。」

私は返す言葉が見つからなかった。現実を上っ面だけでも受け止めようとした挙句こんなぶっきらぼうに答えてしまった。

「今年の桜も綺麗だな。見ているかなおばあさんも。」

「…かもな。」

そんなふうに思うのはやめてくれ。淋しくなってしまうだけだ、と私は口に出しそうになる。

勿論見ているはずないのだ。祖母はあの日亡くなった。誰とも見分けのつかぬ骨となったのをしっかりとこの目で見たのだ。もういるはずも無い。どこにも。

空にさえも。実は傍に居たりすれば、また、別れというものがきてしまう。そんなのはもうごめんだ。いっそもうとっくに次なる生を授かっていてほしいものだ。死を体験したことのない生者が己が恐怖を拭うために創り上げた天の国なんかは今となっては信じられないのであり、信じたくないのである。

一方その考えをすることでもまた私は淋しくなるのであった。どんな形であれ傍にいてほしいとも願うのである。

「まあなんだ、僕は励ましというものが得意では無いからあまり軽々しく言葉にすることはしたくないが、頑張ろうとも。なにかあればすぐに言ってくれよ。」

そう照れくさそうに話すAの言葉に数滴涙を流し、ありがとうと、心から感謝した。しかしなんだか、胸に感謝以外のなにかがあるのを感じたが、また黙り込むのはAに申し訳ないと思い、忘れることにした。

それから少ししてうどんが2杯運ばれてきた。

春の陽に暖められた私たちに冷たいうどんはもってこいであった。私とAはすぐに食べ終え、会計をした。

Aは何ともないように、次は辛口でも食べてみようかなと言った。私は驚いた。しかしすぐに、あの、なにかが疼いた。外に出ると、雲が日に少しかかっていて、僅かに暗かった。私は首に手を当てていた。


スっと少し冷たい風に脚を撫でられ私は目を覚ます。

隣には沈みかけの陽を眺めているAがいる。少し微笑んでいるようだ。また、と思いつつも、なにも考えないようにした。そうしてまた目を閉じようとすると、扉が閉まり、電車が進み出した。Aが私に尋ねた。

「なあお前、今日は楽しかったか。」

「勿論だとも。いい気晴らしになったよ。ありがとう

。」

「それは良かった。本当に心配していたんだ。この前まで何を話しても上の空だったからな。」

「ああ、そうだった。すまなかったね。」

「なに、いいのさ、今が大丈夫なら。」

会話が終わると、飴色の空間の中私はまた、眠りについた。暫くして、Aに体を揺すられて私は起きた。

「それじゃあ、私はここで降りるから。今日はありがとう。またいつか。それまで元気でな。」

そう言われ私は慌てて起きた。

「あぁ、うん、そうだな。ありがとう。そちらこそ元気で。」と握手をした後、Aは降りた。その背中は午前の男子と同じに思えた。

空いた扉から風がこちらに吹き込んできた。匂いはもうしなかった。飴色も消え失せ、夜の帳に閉じ込められていることに気づくと、私はどうも嫌な気がした。電車はトンネルに向かっていた。向こうの光は見えない。私の手はやはり首を触っていた。

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