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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

夜に沈む

作者: 十六夜凛月

―芥川龍之介【地獄変】より(一部引用し、句読点は除く)―

如何に一芸一能に秀でようとも

人として五常をわきまえねば

地獄に堕ちる外はない

時刻は深夜一時、人々が寝静まる頃。

そんな静寂な音が広がる世界で、急に物音がした。

ドアが静かに開き…そして閉じられた。

その音の主は十五歳の少女だった。

黒い蓬髪を、後ろで流していた。

着ているものは、男子用の制服だった。

瞳は黒色で、何を見ているか分からない…虚ろな目をしている。

何故彼女は深夜に制服姿で、外に出ているのか。

それは、彼女の家庭環境が原因だった。

彼女の名前は夜街 零歌。

私立黎明中学校に通う、現役中学生だ。

偏差値は暁区内、トップレベルの七十超えだ。

その情報だけすると、彼女は恵まれているかもしれない。

しかし、現実はそう甘いものではなかった。

両親―…父 真琴、母 音流は元々は優しく、兄 廻音ともよく遊んでいた。

しかし、今はそんなものではない。

…両親は宗教に落ちたのだ、兄が巻き込まれた事件によって。

兄は運良く命は助かったが、両親は不安に思った。

「次は零歌なのではないか」と。

其処を良いように利用された結果が以下の通りだ。

・両親は未だに宗教に縋っている。

・兄は両親を見捨て、地方へ旅立った。

そして彼女は―…両親を見捨てられなかった。

しかし零歌の両親は豹変してしまっていた。

優しかった両親が、零歌を見なくなった。

両親が見るのは聖書、それだけで十分だったからだ。

祖父母は既にこの世には居ない。

親戚付き合いとも、近所付き合いとも疎遠だった家族。

それが裏目として出てしまっていた。

零歌は悲しかった、そして…彼女は心を閉じた。

その選択肢を選んだのは、零歌が小学四年生の頃だった。

彼女は制服姿で、深夜に何をしようとしているのか。

それは火を見るよりも明らかだ…彼女は死のうとしているのだ。

制服姿なのは、親が服を買ってくれないからではなく…

自分の最後を着飾るにピッタリだと思ったからである。


零歌は裸足で階段を登っていた。

階段には小さな足音が微かに響いていた。

零歌は自分が今から何をするかを纏めていた。

その行為は誰かに伝えたら、阻止してくるだろう。

だから零歌は独りで考えを纏める。

「ボクは今から死ぬ…飛び降りて死ぬ…」

「フェンスを登って、身体を傾かせる…」

細々と話すその声は、誰の耳にも入っていなかった。

念には念を入れて、零歌は非常用階段を登っているからだ。

非常用階段は鉄製で、所々に凸凹が在った。

しかし、零歌は何も気にしない。

痛いと感じる感覚も、後に残しておいた方が良い。

先程自殺をしようと外に出る前、鎮痛剤を大量に飲んでおいた。

薬は一つ一つ飲まず、飲料水に大量の薬を入れた。

とても飲めたものではなかったが、全て飲んだ。

…でないと入れた鎮痛剤が勿体ない。

飲み終わった後の入念な後処理には、骨が折れた。

コップは何度も洗い、元の収納場所に戻す。

箱等は鍵の付いた机の中に入れ、鍵をした。

鍵は机の真上に目立つように置いて、その下に遺書を置いた。

友人宛と両親宛、そして兄宛の手紙。

全ての内容は明らかにしないが、全ての手紙にこの一文が必ずあった。

『貴方達は悪くない、悪いのは切っ掛けを作った人達だから』

それは零歌の、隠してきた本心だ。

悪いのは、宗教と通り魔が悪い。

こんなに苦しいと感じているのを、彼らは気付いているのだろうか?


オーバードーズ、通称ODを行った。

自分の部屋で行ったから良かっただろう。

これを両親に見られていたら、危なかった。

眠気が無くなり、空を浮いているような感覚がした。

そのお陰で今の頭は何も考えられない。

痛みが有るため、気絶することはないと思われるが。

両足から血が出ているが、気にしている時間は無い。

速く行動しなくては、皆が起きてしまう。

そうしたら、自分の行動は呆気なく阻止される。

「嫌だ、嫌だ…それだけは嫌だ…」

ボクは呟き、足を動かしていく。


零歌が住む階は三階だが、この建物は計二十階有る。

一般的に言う、超高層マンションだ。

両親は宗教に縋って生きているが、狂信者という訳ではない。

金を出して借金が千万円以上…ということもない。

借金はせず、ちゃんと働いているのだ。

金は余る程有る家庭だ、学習費ぐらいは出してくれている。

しかし、零歌はそれでは満足できなかった。

目線は聖書…娘の零歌には向けることは少ない。

話す時は常時虚ろな瞳をして…零歌の後ろにある聖書を見ている。

優しかった父親、母親はもうこの世には居ない。

居るのは宗教が作り出した、人間の皮を被った操り人形だ。

零歌は駆け出した、と言っても…最後の数段を走って登っただけだが。

自分の肌を優しく撫でてくれている夜風。

それは自分を空へと誘っているように、零歌は錯覚した。

両手で空を仰ぐ、何て良い空間なんだろう。

そう思った時、フッと目眩を感じ…コンクリートに身を屈めた。

そして、オーバードーズをした結果がドンドンとやって来た。

『零歌、流石だな』『今回の点数も高いね、凄いじゃん』

…幻影と同時に幻聴も聞こえ、現実世界の風景は淀んでいく。

それは、優しかった頃の父と母…手を伸ばしても、届かない過去の姿。

両親は笑顔のまま、風と共に去っていった。

『ボンヤリとした不安があるんだよね』

友人の声が聞こえ、姿も見える…クラスメイトの守宮だ。

彼女も様々なことを抱える、同族だった。

『でも夜街ちゃんよりは…私は楽に生きてるんだろうね』

最後に兄の声が聞こえ…姿も見えた。

…生き別れする直前、一番最後に見た兄の姿だ。

『零歌…お前は本当に良い子に育ったよな』

その言葉が幻覚だとしても、零歌はこう答えるしかなかった。

それは今も昔も、何一つ変わらない返答だった。

「そんなことないよ、兄さん…ボクは悪い子だ」

そう話した零歌は弱々しくニッコリ笑っていて、苦しそうに見えた。


零歌は意味もなく、街を見渡した。

暁区は久遠府内、随一の都会だ。

見渡す限り、明るいイルミネーションが広がっている。

深夜一時だとしても、都会はこんなに明るいのだ。

零歌は目を細めて、呟いた。

「こんな眩しい光、ボクは見れないよ…」

フェンスを強く掴み、顔を歪ませた。

「どうせなら、雨の日になれば良かったのに」

この日でないといけない理由があった。

兄が巻き込まれた事件である、夜半市通り魔殺人事件が起きた日だからだ。

兄が中学二年生、零歌が小学四年生に起きた事件。

正直…中学生でなくとも、自殺はできた。

しかし、実行しなかった…理由が一つでは何か味気ないからだ。

そして中学生にしようと決めたのは、受験があるから。

そうして、中学三年生で死のうと決めていた。

だが、受験期での自殺は簡単なものではない。

志望校が決まった後の場合、様々な人を巻き込むこととなる。

だから、夏休み突入当日を選んだ。

「ボクは悪い子だよ、こんな時にさえ…悪知恵だけは働くなんて…」

呟く少女は自嘲し、小さな涙を流した。

その涙の意味は、零歌自身にも分からない。


そして、飛び降りる時が来た。

涙は完全に乾き、頬に違和感だけを残した。

背中を押す夏の夜風は、自分の味方をしてくれている。

フェンスを乗り越えた…後は飛び降りるだけだ。

軽い気持ちで深呼吸をして、下を見つめた。

誰一人居ない、寂しい街中。

だが野次馬が居ないから、少しは楽に死ねる。

「…グッド・バイ」

零歌は好きな作家が残した作品の名前を呟いて、足を下へと落とした。

身体が風を抗った時に鳴る、ヒュッと風を裂く音がした。

自転車を速く走らせているような、気持ち良い風。

…何だか心地良い、と思ったようだ。

自嘲的な笑みを浮かべ、下へ堕落する。

何を言われようが、彼女は何も気にしない。

何故なら今、彼女は幸せなのだから。

何か幻聴が聞こえた。

『零歌、何処かに行ったりしないでね?』

それは誰の声かなんて分からない。

だが唯一言えるとするのならば。

「ボクは、ボク自身の意思に従う…傍観者は何も言うなよ」

彼女の呟きは、夜風のみが聞き取った―…


風が優しく、彼女を包み込んだ。

制服を靡かせ、彼女は下へ落ちていく。

零歌は飛び降りて、宙へ舞った直後に走馬灯を見た。

優しかった頃の両親、生き別れした兄、共に話した友人。

その人達は、皆笑顔を浮かべていた。

その様子に零歌は酷く驚いた後、残酷な笑みを浮かべて言った。

「人が不幸になっているのに、何故君達は笑えているの?」

それが零歌にとって、人生最後の言葉となった。


地面に頭が打つかり、血が出ていく感覚…そして先程から耐えていた痛み。

それを零歌は感じていたが、何も喋ることはなかった。

思っている事を口に出せないのだろう。

口を上下させながら、零歌は目の前の空へ向けて声を出そうとした。

『誰かが寝ている間に首を絞めてくれていたら、どんなに楽だったのかな?』

だが何一つ声になっていなかった。

『アハハハ、やっぱ死ぬのは怖いもんだね…

 だけど、今の苦しみに開放されるのならば―…構わない。』

零歌は終始諦めたような笑みを浮かべ…数分後に事切れた。

少女の身体は夏本番の暑さの中でも、酷く冷たくなっていくだろう。

彼女の生命は一人寂しく、静寂な未明へと沈んでいった…









―芥川龍之介【歯車】より(一部引用)―

それは僕の一生の中でも最も恐ろしい経験だつた

―ここから少し中略をする事とする―

誰か僕の眠つてゐるうちにそつと絞め殺してくれるものはないか?

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