第70話 十三湊 その二
俺が、十三湊?というよりも、相内集落?にレンタカーで到着したのは、午後5時頃になった。
渋谷駅発11時47分のJR埼京線に乗車、大宮駅で新幹線に乗り換えて、新青森駅着が15時29分。
そこからは、駅レンタカーを利用して、県道12号と国道280号を経由、五所川原市立市浦小学校の入り口まで一時間余りのドライブだった。
そこで啓二君の背後霊である『安藤康季』と『吾妻伊八郎』主従と落ちあい、その案内で、五所川原市相内岩井にある安東宅に向かった。
移動する新幹線の中で調べたのだが、安藤家は14世紀~15世紀にかけて津軽と蝦夷地に勢力を張った地方豪族のようである。
地方豪族で有るがために詳細な記録は残っていないようだが、津軽を治めた安藤家と、秋田を治めた安藤家の二つの係累があるようだ。
前者を下国安藤、後者を上国安藤と呼ぶことが有るようで、場合により十三湊安藤とか秋田湊安藤と呼ばれることもあるようだ。
康季は十三湊安藤の二代目のようなのだが、後に子孫が『安藤』から『安東』に改名したらしい。
従って、姿を消した安東啓二君は、姓が異なるけれど安藤康季の直系の子孫なのだそうだ。
そんな理由で守護霊になったりするのかどうかは、正直に言って俺の方ではわからない。
少なくとも俺の居候である土御門晴信は、出自と全く関わりの無い者の守護霊になっていたからな。
晴信もその辺はわからないらしい。
安藤一族は、十三湖西岸にある十三湊地区に住んでいたという説もあるが、平安時代に築かれた福島城址に館を構えていたという説もあるようだ。
因みにどこに住んでいたんだと聞いたら、康季は当初は弘前に近い藤崎に住んで居たようだが、後に福島城に居を構え、十三湊にも住んでいたと答えている。
福島城址、は十世紀の平安時代に造られた台地状の城郭であり、規模としては宮城県の多賀城にも匹敵する大城塞であった可能性があるようだ。
無論、平安時代の砦のようなものだから、近世の城郭構造とは異なるのだが、近年発掘により武家屋敷跡が出て来たので安藤一族が居所として使っていたのではないかと言う説も浮上している。
そんな古い安藤一族の話はともかく、小学校から安東宅までは1キロほどだから、児童でも15分乃至16分で通学できたはずだ。
その道を車で辿ってみたのだが、田舎であるから人通りは少ないし、自動車等の通行も余り多くは無い場所ではある。
肝心の安東啓二君の姿が消えた場所は、小学校から北西へ700m離れた交差点近くだった。
異変が起きた時間は、二日前の午後三時頃だったようで、既に50時間余りが経過していることになる。
交差点付近の歩道脇に、草地の空き地が有ったのでそこに無断駐車をしだ。
或いは、誰かの私有地かも知れないが、少しの時間なら大丈夫だと思う。
一応、カラスの霊をレンタカーにつけておいて監視をしてもらっている。
車に何事かあれば、カラスが思念で知らせてくれるはずだ。
行方不明になった場所は、小学校から続く道で交差点の手前付近で有り、両側に空き地が広がっていて草が生い茂っている、
一見した感じでは何も異常は見当たらない。
居候達にも出て来てもらって協力してもらっているが、当座めぼしい発見は無かった。
ところが、居候の一人である范澤章が何か引っかかりを見つけたらしい。
范は俺が香港を訪ねた際に俺の居候になった口だ。
そもそも范は、漢の武帝時代の著名な仙人である東方朔の弟子なんだそうだ。
彼の話が真実とするなら、范は、紀元前に生きていた人物になる。
生前に仙人にはなれず、死後に仙人となった尸解仙なのだそうだ。
いずれにしろ道教で悟りを得た人物なので、相応に偉いのだろうと思うのだが、仙人では一番位の低い下士になるらしい。
范が引っ掛かったのは、啓二君が消えたとされる場所の空き地に有った道祖神風の石碑であった。
幅が40センチ、高さが70センチ、厚さは15センチほどの丸みを帯びた道祖神のような石の塊だった。
范曰く、
『こいつは、仙術の符籙に似ているが・・・。
もしかすると、女真族の呪術かも知れない。』
『その符籙と言うのは何だい?』
『ああ、護符とでも言えばよいのかな?
陰陽師の晴信なればわかるじゃろう。
式神の様に色々なことをしてくれるお守りのことよ。
仙術では、移動をする際に使ったり、魔除けとして使う場合もあるし、死霊を操ったりもするぞ。』
『ああ、そう言えば昔の映画で見たことが有るな。
頭に札を付けたキョンシーだったけか?』
『お主の考えているものとは少々異なるのだが、まぁ死霊術ならば似たようなものじゃな。』
『で?
それが女真族の呪術になると違うのか?』
『女真族の呪術は廃れておるでな。
今の世には残ってはおらぬじゃろう。
奴らは奇妙な術を使うのじゃ。
石若しくは宝石に模様や護符を描いて、狩の際の罠として使いおったわ。
これが戦闘時に使われるとかなり厄介な物じゃったらしい。
儂が生きておる頃は、夫余と呼ばれる民であったが、唐の時代には女真族と呼ばれるようになっておったな。』
『歴史はともかく、その呪術はどのような罠なのか教えてはくれないか?』
『ふむ、儂も師匠から教えられてそのような呪術があることを知っておるだけじゃ。
じゃから、この石碑がそうだとは必ずしも断言できぬが、半分薄れている線刻からは、あるいは転移の罠かも知れぬと思うておる。
転移罠の場合じゃと、特定の場所に檻を準備して置き、そこに獲物を追いこむような役割をする。」
『仮にそんな呪術があったとして、今でも有効なのか?』
『さて、そこは、儂でも何とも言えぬな。
但し、この石の表面に刻まれた模様と護府が長年の風化の影響で偶々異なる呪術に変貌したのやもしれぬ。
その場合は、本来の目的であった効果から外れた効果を持っておるかもしれぬでな。
例えば、獲物を幽玄界へ飛ばすとかな。
仮に漢代の夫余に係累を発する民であったとして、術者が何故この地に参ったのかが不思議じゃが?』
『まぁ、その辺は、古の十三湊が古代の蝦夷地や大陸の沿海州とも交易をなしていた可能性があるからな。
或いは、その線で大陸からの渡来人が居たのかも知れないな。
何かその夫余なり、女真族なりに通じる証拠があるのか?』
『いや、先ほども申した通り、我が師から夫余が変わった呪術を使うという逸話を聞いた際に数枚の絵図を見ただけの話じゃからなぁ。
記憶も曖昧ではあるが、この石碑に描かれている線刻がそれに似ておるというだけの話だ。』
『晴信、お前さんの陰陽師としての能力で何かわからないか?』
『陰陽師は、確かに式神などの護符は使うが、平安末期には大陸とは縁が切れており、この倭国独自の術として編み出されたものじゃ。
伝説になっている役小角あたりならば、あるいはその大陸事情にも詳しかったかもしれぬが、儂では無理じゃな。
少なくとも役小角の様に一日に千里を移動したり、空を飛んだりはできなかったからのぉ。
霊になった今ならば多少その真似事もできるが、どちらかと言うと、これは陰陽術ではなく霊としてのスキルじゃろう。』
『コンちゃんやダイモンはどうだい?』
ダイモンが言った。
『少なくとも儂の居た東欧には無い術じゃから、儂にはわからぬ。』
次いでコンちゃんが言った。
『大陸か・・・・。
儂の従妹と言うか再従妹と言うか、係累が大陸におる。
但し、どちらかと言うと南部の東南アジア領域じゃて、北方民族の呪術についてはおそらくは何も知らぬじゃろうなぁ。
まぁ、久方ぶりに連絡を取ってみるが、あてにはするな。』
次いで白虎が言った。
『儂の出自は大陸の西方領域じゃ。
だが、女真族はモンゴルに吸収されたでな。
或いは、古代蒙古帝国に何か受け継がれたものが無いか係累に当たってみよう。』
そんなこんなで、大陸の満州から沿海州にかけて住んでいた古代民族が用いた呪術の可能性を追って、俺の居候達が動いてくれた。
残念ながら現場で分かることは少なかったので、その日は十三湖大橋の近傍にある旅館に泊まることにした。
海水浴には未だ早い時期だし、客は俺一人だけの貸しきり状態だったな。
土日や休日だと釣り客が結構泊るらしい。
この辺一帯は、ホテルや民宿も余り無いんだ。
立派な所へ泊まろうとすれば、鰺ヶ沢へ行くか、五所川原駅周辺まで戻らねばなるまい。
◇◇◇◇
翌朝、朝食前に傍にいる安藤主従の霊に訊いてみた。
「啓二君が消えた場所の近くにあった道祖神のような石碑が他にはないのか?」
主従が揃って考えこんでいたが、やがて言ったのは二か所だった。
一つは、十三湊地区であり、もう一つは福島城址だった。
居候からの目新しい情報も無かったので、朝食後には十三湊地区へ行った。
安藤主従が言うように、十三湊遺跡の周辺にある雑木林の中にそれらしき石碑があったが、范は、これは違うなと一蹴した。
次いで、十三湊からは少し離れた福島城址だ。
この城跡には外郭と内郭があるんだが、石碑が有ったのは雑草に覆われ、半ば土に埋没した石碑だった。
そうしてこっちには范が反応した。
『ふむ、こいつはあるいは、相内にあった石碑と対を為すものやもしれぬな。
それと、何やら奇怪な気配がある。
晴信、おぬしなれば何かわからぬか?』
『ふむ、待て。
儂も何かを感ずるな。
これは・・・。
地中にある牢獄か?』
『コンちゃん、ダイモン、地面の下の牢獄だそうだが何かわかるか?』
コンちゃんが言った。
『ふむ、何やら結界に似たもので封印された場所がこの地下にあるのぉ。
それと、もしかすると生体反応やもしれぬものが感知できる。
ダイモンおぬしはどうじゃ?』
『生憎とその結界のようなものが邪魔をして見えぬわ。
じゃが、生きている者が居るとなれば、掘り出すしかあるまいが・・・。
結界は破れれようか?』
『ふむ、そこは分からぬが、・・・。
主なればできるやもしれぬな。
何せ我らではできぬことが時折できる男じゃて。』




